今回のテーマ
今回は、医師法及び歯科医師法が定める「応召義務」に関する備忘録的なメモです。
尚、一般には応召義務と呼ばれますが、応召義務という名称は適切ではなく、「応需義務」という表現が適切という指摘は古くから存在します。この点について、磯崎辰五郎先生は次のように述べられます。
「この義務のことを『応招』義務と呼ばれることがあるが、それだと、往診に応ずる義務だけのように誤解されるおそれがあって、適当でない。」*1
条文
1 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。
1 診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
2 診療をなした歯科医師は、診断書の交付の求があつた場合は、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
応召義務とは?
上記条文に記載してあるとおりですが、応召義務とは、診療に従事する医師及び歯科医師は、診察又は治療を求められた場合、正当な事由がなければこれを拒んではならないという義務を指します。
医師等が診療を拒絶できる「正当な事由」に関する通達
診療に従事する医師又は歯科医師は医師法第19条及び歯科医師法第19条に規定してあるように、正当な事由がなければ患者からの診療のもとめを拒んではならない。而して何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきであるが、今ここに一、二例をあげてみると、
(一) 医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。
(二) 診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない。
(三) 特定人例えば特定の場所に勤務する人々のみの診療に従事する医師又は歯科医師であっても、緊急の治療を要する患者がある場合において、その近辺に他の診療に従事する医師又は歯科医師がいない場合には、やはり診療の求めに応じなければならない。
(四) 天候の不良等も、事実上往診の不可能な場合を除いては「正当の事由」には該当しない。
(五) 医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない。
厚生労働省医政局長通知(令和元年12月25日医政発1225第4号)
「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」
「患者の迷惑行為
診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される。
※診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」
法的性格
次項でご紹介する下級審裁判例*2では、応召義務は国に対する義務(公法上の義務)であって私法上の義務(例えば、患者に対する義務)ではないとされています。
応召義務が公法上の義務であることは、学説上も支持されています*3。
「この義務は、前に一言した如く、医師又は歯科医師の国に対して有する義務であって、依頼者に対して負う義務ではない。この義務の履行を要求する権利をもつ者は国であって、依頼者ではない。依頼者が診療を求めるとき、正当な事由がない限りこれを応じてくれるのは、この規定の反射的利益たるに止まり、依頼者に認められた権利ではない。この義務は法律が直接定めたものであるが、その義務違反に対しては罰則の定めがない。それだけ法律は医師又は歯科医師の自主的遵守に待つのである。」*4
もっとも、実務でも学説でも、応召義務自体は公法上の義務であるものの、応召義務に違反した場合において、違反と発生した損害との間に因果関係があるときには、民事法上の「過失」の存在を推認する(医師又は歯科医師は、正当事由を反証で示して初めて免責される)という考え方が採用されています。
この点について、文献は次のように指摘します。
「医療職に関する身分法には、職務内容について様々な規定があることも多い。しかしそれらは必ずしも、患者の生命身体の保護を直接目的としているわけではなく、当該法規に反した行動があったとしても、それを理由として当該医療職に生じた結果の民事責任を直ちに認めるわけではない。すなわち、場合によって個別に過失が推定されるにとどまる。
応召義務違反で正当な理由に基づかない診療拒否がなされた場合、義務違反と被害との間に因果関係が認められるときには、医療側の過失が推定される」*5
その意味で、応召義務は、実質的には、患者に対する医師及び歯科医師の損害賠償責任の根拠の1つとして機能しています。
下級審裁判例
引用文中の太字は引用者によります。
東京高決令和元年5月16日LEX/DB25563247(中西茂裁判長)
「医師法19条1項の趣旨が,患者に医療へのアクセスを保障して,患者の生命・身体の保護を図ることにあることを踏まえると,本件対応の不法行為該当性は,〔1〕患者である控訴人の生命・身体への危険の有無及び程度(緊急の診療の必要性),〔2〕他の医療機関による診療の現実的可能性,〔3〕被控訴人病院において診療を拒否した目的・理由の正当性の有無及び程度といった点を総合考慮して判断するのが相当である。」
東京地判平成18年12月8日判タ1255号276頁(藤山雅行裁判長)
「医師は正当な事由なく診療を拒むことができないことからすると(医師法19条1項)、入院中の患者を退院させるには、自らの下で実施し得る療法よりも患者にとって有益な療法が存在するが、その療法は自ら行うことができず、他に転院しなければならない状況にあることが必要」
神戸地判平成4年6月30日判タ802号196頁(鳥飼英助裁判長)
「医師法19条1項は、『診療に従事する医師は、診察治療の要求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。』と規定している。
右規定は、医師の応招義務を規定したものと解されるところ、同応招義務は直接には公法上の義務であり、したがって、医師が診療を拒否した場合でも、それが直ちに民事上の責任に結びつくものではないというべきである。
しかしながら、右法条項の文言内容からすれば、右応招義務は患者保護の側面をも有すると解されるから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。
また、病院は、医師が公衆又は特定多数人のため、医業をなす場所であり、傷病者が科学的で且つ適切な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならない(医療法1条の2第1項)故、病院も、医師と同様の診療義務を負うと解するのが相当である。」
千葉地判昭和61年7月25日判タ634号196頁(荒井真治裁判長)
「医師法19条1項は、『診療に従事する医師は、診療治療の要求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない』と規定する。この医師の応招義務は、直接には公法上の義務であって、医師が診療を拒否すれば、それがすべて民事上医師の過失になるとは考えられないが、医師法19条1項が患者の保護のために定められた規定であることに鑑み、医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合には、医師に過失があるとの一応の推定がなされ診療拒否に正当事由がある等の反証がないかぎり医師の民事責任が認められると解すべきである。
そして病院は、医師が医業をなす場所であって傷病者が科学的でかつ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として運営されなければならない(改正前の医療法1条・改正後の同法1条の2)から、医師についてと同様の診療義務を負っていると解すべきである。」
「医師法19条1項における診療拒否が認められる『正当な事由』とは、原則として医師の不在または病気等により事実上診療が不可能である場合を指すが、診療を求める患者の病状、診療を求められた医師または病院の人的・物的能力、代替医療施設の存否等の具体的事情によっては、ベット満床も右正当事由にあたると解せられる。」
名古屋地判昭和58年9月30日判タ519号221頁(宮本増裁判長)
「ところで、一般に医師は、人の生命及び健康を管理する業務である医業を独占的に担当し、特に高度の知識、経験及び技術を有するとして国からその資格を認定されているものであるから、その業務については、最善の努力を尽すべき責務を負担するものであつて、正当な理由のない限り、患者の診察応諾の要請を拒むことができず、速やかにこれに対処して診察ないし治療をすべき義務があるものと解される。しかし、このような高度の責任を負う医師といえども、一般の祝祭日または休日などの休診日あるいは診療時間終了後においてまで常に通常の診療時間帯と全く同程度の診療業務に就くべき義務を負うわけではない。けだし、そのように解しないと、医師に対し年中無休の無限定の責務を課すことになり、実際的ではないからである。従つて継続的な治療を施している入院患者または緊急の診療ないし治療を要すべき患者などからの、休日あるいは時間外における診察応諾の申込を拒むことは許されないが、継続的に外来治療をしている患者でも、医師が当該患者の身体状況を把握しており、診察申込の内容が、医学的見地からして、直ちに診療治療をするまでもないと判断できるときは、これに応じなかつたとしても、直ちに診察応諾業務を懈怠したとすることは相当でない。そして、右の理は、基本的には複数の医師を擁する被告病院にもあてはまる」
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