今回のテーマ
最近はあまりないのかもしれませんが、親が亡くなり相続が発生した場合に、いわゆる「跡取り息子・娘」に遺産を相続させるために、他の兄弟姉妹は「何も相続しない」という内容の遺産分割協議書を作成したり、相続財産不存在証明書を作成することがあります。
ところが、後になって、亡くなった親の借金が判明し、「跡取り息子・娘」以外の方が、貸主から「借金を返してほしい」と言われる事例があったとます。
この場合、「跡取り息子・娘」以外の方は、「自分は何も相続していないから、跡取りに言ってくれ」と回答できるのでしょうか?
遺産分割協議が為されたことによる法定単純承認の取扱い(相続放棄の可否/熟慮期間の起算点)が問題となります。
結論
結論から申し上げると、個別具体的な事情によるのですが、すぐに家庭裁判所で相続放棄をすることによって、「自分は何も相続していないから、跡取りに言ってくれ」と回答できる「場合」があります(いつでも必ずできるというわけではありません)。
よく分からなければ、弁護士に相談してください。
理由
民法上、相続が発生した場合は、原則として遺族(相続人)の方々は3か月以内に、相続をするという承認行為か、あるいは相続をしないという相続放棄手続をする必要があります(民法915条)。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
民法第915条
1 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
そして、単純承認をした場合、あるいは3か月以内に相続法をしなかった場合は、プラスの財産もマイナスの財産(債務)も相続するのが原則です(民法920条、921条)。
(単純承認の効力)
民法第920条
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
(法定単純承認)
民法第921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
したがいまして、冒頭の事例のような場合、親の死亡から3か月以内に相続放棄をしていませんので、民法921条2号により法定単純承認が発生しているように見えます。
また、遺産分割協議書を作成したり、相続財産不存在証明書を作成したりしている以上、民法921条1号の「処分」があると考える余地もあります(実際にこの考え方が認められるか否かは別です)。
ところが、裁判所は――ケースバイケースですが――、このような場合に、相続放棄を認めることがしばしばあります*1。
実際の事例として、以下のようなものがありました(説明のため、事案や表現をやや変更しています)。
- 亡くなった親は、生前、自己の財産を全て長男Aに譲る意向を示していた。
- 次男Bらは、このような親の意向を聞いており、これに異議を差し挟む者はいなかった。
- 子どもたちは、親が死亡した当時、親の相続財産に不動産があることを知ってはいたものの、親の借金の存在は知らなかった。
- 次男Bらは、長男Aが親の相続財産一切を相続し、自分たちが相続する財産はないと考えていた。
- このため、次男Bらは、相続放棄の申述をすることはもちろんのこと、長男Aとの間で親の相続財産について遺産分割協議をすることもなかった。
- また、長男Aが、相続開始後、親の相続財産を管理していた。
-
次男Bらは、長男Aから親の相続財産である不動産について長男Aの名義に移転登記したいので、「遺産分割協議証明書」に署名押印してほしい旨の申入れを受けた。これに応じて、次男Bらは、不動産は長男Aが取得したことを証明するとの記載がある「遺産分割協議証明書」に署名押印して、長男Aに送付した。
このような事実関係において、後日、親の債務が判明し、次男Bらが相続放棄をしました。これが受理されるか否かが問題となった事案について、東京高決平成26年3月27日判時2229号21頁(瀧澤泉裁判長)は次のように述べ、結論として、相続放棄を受理すべきと判断しました(抗告人=次男Bら、被相続人=親です。また、表記を一部修正しています。)。
「以上認定した事実によれば、抗告人らは、被相続人が死亡した当時、被相続人の相続財産に不動産があることを知っていたものの、被相続人の意向を聞いていたために、長男であるAがこの不動産等被相続人の相続財産を一切を相続したので、自らには相続すべき被相続人の相続財産がないものと信じていたことが認められる。また、被相続人の意向、被相続人と抗告人らとの生前の交流状況からすると、抗告人らが、上記のように信じていたことについて、相当の理由があったことも認められる。
なお、抗告人らは、平成24年2月20日ころ、「遺産分割協議証明書」に署名押印し、Aに送付又は交付したことが認められるが、上記書面は、被相続人の相続財産の不動産についてAの名義に移転登記するためにAに送付等されたものであり、現実に遺産分割協議がされたものではないから、この書面の送付等をもって、自己のために相続の開始があったことを知ったものと認めることはできない(この点に関する経過の詳細等については,訴訟が提起された場合にその訴訟手続内において判断されるべきである。)。」
これはあくまで相続放棄を受理するか否かという判断をした事例です(相続放棄が最終的に認められるか否かは、別途、訴訟の中で判断されます)。
そのため、上記東京高決は、冒頭の質問に対する最終的な判断をしたものではありません。
もっとも、裁判所がこのように柔軟に判断することがあることはお分かりできたかと存じます。
このような状況ですので、もし、同種の事態になった場合は、すぐに家庭裁判所で相続放棄の手続をしてください。ご不明・ご不安な場合は、弁護士に相談してください(最寄りの弁護士会に弁護士紹介を依頼するのも1つの方法です)。
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