今回のテーマ
インターネットやスマートフォンが日常生活を構成する当たり前の存在になった今、「プライバシーが大事」という言葉をよく耳にします。
しかし、「『プライバシー権』とはどんな権利なのか」、はっきり説明できる方は少ないのではないでしょうか。
日本では、裁判例や学説、そして個人情報保護法などの法律を通じて、少しずつプライバシー権の姿が形づくられてきました。
そこで今回は、その歴史や考え方の広がりに関するごく初歩的な知識を、整理してご紹介します。
1 プライバシー権のはじまり
1-1 アメリカが出発点
プライバシー権の議論は、19世紀末のアメリカで始まりました。当時は、勝手に撮られた写真や記事の公開など、「私生活を乱されない自由」を守る必要があるとされ、不法行為(損害賠償を求めるルール)の中で保護されてきました。
1-2 日本における先駆け:「宴のあと」事件
日本では、三島由紀夫の「宴のあと」事件(東京地判昭和39年9月28日下民集15巻9号2317頁)が有名です。
宴のあと - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B4%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%A8「宴のあと」事件 第一審
https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/10-1.html
この裁判で、東京地裁は、プライバシー権として「私生活をみだりに公開されない権利」を認めました。
これが、日本でプライバシー権が法的に認識された最初の大きな一歩といわれています。また、プライバシー権に関するこの定義は、古典的定義として現在も使用されることがあります。
ただし、「宴のあと」事件のポイントは、保護の対象が「私生活」に関する情報に限定されていた点です *1。
2 「自分の情報をコントロールする権利」へ
1970年代になると、日本の憲法学において、「プライバシー権=自己情報コントロール権」という考え方が登場しました。
誤解を恐れずに言えば、これは、
- 自分の個人情報を集められるか・使われるか・提供されるか
- その一つひとつの場面で、本人が「いい・悪い」を決める権利
という考え方です。
つまり、単に「私生活を公表されない」だけでなく、情報の集め方や使い方全般に本人の意思を反映させようというものです
3 自己情報コントロール権に関する批判と展開
1980年代以降になると、「自己情報コントロール」という素朴な観点だけでは、不十分ではないか?という指摘が出てきました。
これには大きく分けて2つの方向性があります。
第1は、自己情報コントロールという性質を更に強化する方向です(自己決定型)。
具体的には、情報を「とても重要な情報」から「まあまあ大事な情報」という感じでランク分けした上で、情報の保護の仕方を変えるという方向です。
第2は、データ使用者側のルールを重視する方向です(適正取扱型)。
具体的には、「自分でデータの取扱いを考えて決めて、自分で守ってね」と言われても、様々な情報を取り扱う世界的大企業を相手に自分だけでは守ることは困難である(情報主体たる個人と取扱主体たる事業者は対等ではない)*2という考え方を前提に、データを使う側に対するフェアなルールを定めることが重要であるという方向です。
4 プライバシー権の横断性
プライバシー権は、さまざまな法律分野にまたがっています。
このように複数の法律が関わるため、プライバシー権については統一的な理解が難しい*3のが現状です(ただし、議論は複雑化しているものの、個人情報とプライバシーは別物という点については多数が同意している状況です*4。ご注意)。
5 参考文献*5
- 音無知展=山本龍彦編『講座 情報法の未来をひらく:AI時代の新論点 第3巻 プライバシー』(法律文化社、2025年)。なお、本稿は、本書の「はしがき:プライバシー権論の見取り図」に大幅に拠っています。
- 音無知展『プライバシー権の再構成』(有斐閣、2021年)
- 宮下紘『プライバシーという権利』(岩波書店、2021年)
- 衆議院憲法調査会事務局「知る権利・アクセス権とプライバシー権に関する基礎的資料」(平成15年)
- 溝端俊介「不法行為法におけるプライバシー」東京大学法科大学院ローレビュー14号(2019年)164頁
- 日本弁護士連合会 憲法問題対策本部 情報問題対策委員会「シンポジウム報告書
『憲法的価値から考える個人情報保護』」(2022年)
公式サイト
※ 大変申し訳ないのですが、弊所は、無料法律相談は行っておりません。
竟成(きょうせい)法律事務所
TEL 06-6926-4470
*1:プライバシー権の保障根拠や趣旨をどのように理解するかと関係しますが、現在の議論では、「私生活」という概念は曖昧である上、私生活以外でも法的保護に値する場面は多々あるとされています。そのため、「私生活」はプライバシー権が問題になる一場面に過ぎず、「私生活」という限定は狭きに失するという批判がされています。ただ、「私生活」がプライバシー権で保護される典型的な一場面であることは忘れてはなりません。
*2:情報技術やAIが急速に拡大・深化・進化している現代においては、膨大かつ複雑な情報の処理について、「個人」が適時適切に状況を把握して決定・同意をするということはもはや不可能です。しかし、従来の議論ではそのような「個人」の存在が所与の前提とされていました。
*3:もっとも、この点に関する端的な定義として、「他者による評価の対象になることのない生活状況または人間関係が確保されている状態」に対する「正当な要求または主張」をする権利、という阪本昌成先生による定義があります。同『プライヴァシー権論』(日本評論社、1986年)4頁。
*4:個人情報とプライバシーの関係性については、大別して2つの異なる視点が存在します。第1は、行政法などからの観点です。この観点の場合、個人情報保護法が守ろうとする対象は、個人のプライバシー権だけに限定されません。この観点では、プライバシー権を法律が保護する数ある「権利利益」の一つとして捉えます。第2は、憲法などからの観点です。この観点の場合、憲法で保障されているプライバシー権(特に「自己情報コントロール権」)という抽象的な権利を、法律という形で具体化したものが個人情報保護法であると捉えます。つまり、個人情報保護法はプライバシー権を実現するための主要な手段とみなされます。
*5:近時の文献に限定した紹介です。