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【憲法・刑法・民法】対抗言論の法理とは何か、ネットの議論に妥当するのか?

今回のテーマ

今回のテーマは、「対抗言論の法理とは何か、ネットの議論に妥当するのか?」です。

 

ネット上で誹謗中傷を受けた際に、「批判されたなら、反論できるのだし、反論すれば良いから、法的責任は発生しない」などの意見を見かけることがあります。

 

この考え方の背景にあるのが「対抗言論の法理」です。

今回は、この対抗言論の法理がどのようなものか、そして現代のインターネット社会において、この法理がどのように考えられているのかを、定義や判例を交えて解説します。

 

 

 

定義

対抗言論の法理については、裁判官や研究者の先生によって、一般に次のように定義されています。ごく簡単に言えば「言論によって生じた害は、さらなる言論によって回復・対処すべきであり、安易に法的手段(国家の介入)に頼るべきではない」という考え方です。

「対抗言論の法理とは、言論(speech)により毀損された名誉は対抗言論(more speech)による回復が可能であるから、被害者が加害者と同等のメディアにアクセスすることが可能であり、かつ、被害者に反論に係る負担を課しても衡平を失しないという事情が認められる場合は、両社いずれの言い分が正当であるかは聴衆の判断に委ね、国家(裁判所)の介入を回避すべきであるとの法理」*1

 

対抗言論の法理とは、「インターネット上の名誉毀損の場合には、《言論の弊害は(対抗)言論で対処すべきであり、その可能性がない場合にはじめて国家による救済が図られるべき》とする」考え方を言う*2

 

「対抗言論の法理とは,オンラインでの名誉段損の場合は,オフラインでの名誉毀損の場合と異なり,加害者と被害者の双方が対同等のアクセス可能性と反論可能性を持っており,両者は全く平等な立場に立つことから,言論に対しては言論で対抗することを原則とする考え方」を言う*3

 

 

判例・裁判例

では、実際の裁判では、この「対抗言論の法理」はどのように扱われているのでしょうか。

 

結論

この点について結論から申し上げると、最高裁は、インターネットの世界では対抗言論の法理を安易に適用すべきではない、という慎重な立場をとっています(ただし、刑事事件。最一小決平成22年3月15日刑集64巻2号1頁)。

つまり、「ネットで反論できるのだから問題ない」という主張は、最高裁の考え方とは異なると言えます。

 

事案の概要

この事件は、被告人が飲食店フランチャイズを営む株式会社の名誉を毀損する目的で、平成14年10月から11月頃、自身が開設したホームページに「飲食代がカルト集団の収入になる」「右翼系カルトが母体で、求人広告も実態と異なる虚偽だ」などの主旨の内容を書き込み、不特定多数に閲覧できる状態にした、というものです。

 

裁判所の判断

この事件について、第1審・東京地裁は無罪としました(東京地判平成20年2月29日判時2009号46頁、波床昌則裁判長)。

その判断の詳細については判決文を御覧いただきたいのですが、判決の中には次のような指摘がありました。

現代社会において、インターネットは、アクセスしようとすれば、ほとんど誰もが容易にアクセスできる情報ツールであって、情報の発信者と受信者との立場が固定されてきたこれまでのマスコミと個人との関係とは異なっている。すなわち、インターネットの利用者は相互に情報の発受信に関して対等の地位に立ち言論を応酬し合える点において、これまでの情報媒体とは著しく異なった特徴をもっているのである。したがって、インターネット上での表現行為の被害者は、名誉毀損的表現行為を知り得る状況にあれば、インターネットを利用できる環境と能力がある限り、容易に加害者に対して反論することができる。インターネット上の名誉毀損的表現は、これまでの情報媒体による場合に比べ、その影響力が大きくなりがちであるが、インターネットを使ったその反論も同程度に影響力を行使できるのである。そうであるとすれば、加害者からの一方的な名誉毀損的表現に対して被害者に常に反論を期待することはもちろん相当とはいえないものの、被害者が、自ら進んで加害者からの名誉毀損的表現を誘発する情報をインターネット上で先に発信したとか、加害者の名誉毀損的表現がなされた前後の経緯に照らして、加害者の当該表現に対する被害者による情報発信を期待してもおかしくないとかいうような特段の事情があるときには、被害者による反論を要求しても不当とはいえないと思われる。そして、このような特段の事情が認められるときには、被害者が実際に反論したかどうかは問わずに、そのような反論の可能性があることをもって加害者の名誉毀損罪の成立を妨げる前提状況とすることが許されるものと考えられる。」

 

これに対し、第2審・東京高裁(東京高判平成21年1月30日判タ1309号91頁、長岡哲次裁判長)は、東京地裁判決を破棄自判し、罰金30万円としました。その後、上告もなされましたが、最高裁は東京高裁の判断を是認し、上告を棄却しました(最一小決平成22年3月15日刑集64巻2号1頁)。

 

 

なぜネットでは「対抗言論の法理」が妥当しないのか?

最高裁がネットにおける対抗言論の法理に慎重な姿勢を示す背景には、インターネット特有の性質があります。

この点について、上記東京高裁判決は、対抗言論の法理のネットへの適用が難しい理由として、以下の点などを挙げています。また、上記最高裁決定を担当した調査官も、この論旨に賛成しています*4

 

① 誹謗中傷の発見が困難

被害者は、そもそも自分の名誉を毀損する書き込みの存在に気づかなければ反論できません。しかし、広大なネット空間のすべての情報を常に監視することは不可能です。

 

② 反論するまでの被害の継続

仮に書き込みを発見し、反論を準備している間も、名誉毀損の投稿は拡散され続け、被害は拡大し続けます。

 

③ 反論による被害の再生産

効果的な反論をするためには、元となった誹謗中傷の内容を引用・言及せざるを得ません。これにより、自らの手で有害な情報をさらに拡散してしまうリスクがあり、被害者は反論をためらってしまいます。

 

④ 匿名の加害者への反論の難しさ

加害者が匿名の場合、誰に対して、どこでどのように反論すれば良いのか判断するのが非常に困難です。これでは対抗言論の法理は画餅に過ぎません。

 

⑤ 反論が読まれるとは限らない

元の誹謗中傷を見たすべての人が、その後の被害者の反論にも目を通してくれる保証はどこにもありません。最初に広まった悪評だけが独り歩きする可能性があります。

 

⑥ さらなる「炎上」のリスク

被害者の反論が、さらなる攻撃や誹謗中傷を呼び起こし、いわゆる「炎上」状態を招いてしまう危険性があります。

 

⑦ 被害の即時性と深刻さ

ネット上の名誉毀損は、瞬時に、そして世界中に拡散します。その被害は極めて深刻であり、「まずは反論を待つ」という時間的な余裕がないケースも少なくありません。

 

 

裁判所の上記の考え方は、現在では多くの支持を受けています。

そのため、これらの理由から、ネット上の名誉毀損に対して対抗言論の法理を適用し、法的救済を否定することは、現在では極めて稀であると考えてよいでしょう。

 

 

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*1:家令和典・判例解説『最高裁判所判例解説 刑事篇 平成22年度』(法曹会、2013年)11頁。

*2:水谷瑛嗣郎編著『リーディング メディア法・情報法』(法律文化社、2022年)90頁。

*3:大塚裕史『ロースクール演習刑法』(法学書院、第3版、2022年)349頁

*4:上掲・家令23頁以下。