今回のテーマ
今回のテーマは、内閣は憲法改正案を提出することができるか?です。
尚、これと似たようで異なる問題として、内閣は憲法改正を「発議」することができるか?があります。これは上の論点とは別の話でして、内閣が「発議することはできない」という点に争いはありません。なぜならば、憲法96条1項は明確に発議権の主体を国会に限定しているからです。
結論
内閣による憲法改正案提出に関しては、憲法に明文の規定がありません。
そのため、学説は、憲法の解釈として、「改正案を提出できる」とする説(通説です*1)と、「改正案を提出できない」とする説に分かれています。
内閣が【法案】を提出できることに実務上の争いはなく、通説もこれを支持しているのに対し、【憲法改正案】にはこのような争いがある理由は、「法律案には技術的な側面も多く含まれているのに対して、憲法改正原案はまさに『この国のかたち』に関わることであるから、両者を同一視することはできない」*2という考え方が存在するからです。
ちなみに、「内閣が、この発案をなしうるか否かについて議論がなされているが、憲法上、大臣の過半数は国会議員でなければならないため、たとえ内閣に発案権がないとしても、大臣は議員としての資格で、発案をなしうる。」*3というのが一般的な解釈であるため、あまり実益のある議論ではありません*4。
内閣は改憲案を提出できるとする説(肯定説)
「肯定説の理由づけは、憲法第72条の「議案」の中に法律案が含まれるとし、これを憲法改正の発案にも推し及ぼし、法律案について明文の規定なしにこれをこの議案に含まれるとして内閣に提出権ありとするのであれば、憲法改正案についても含まれるとして内閣の発案権を認めるべきであるとするものであり、ほぼ通説である。」*5
「肯定説は、「国会の発議」は発案権者が議員に限られることを当然には意味しないこと、内閣の発案権を認めても国会審議の自主性は損なわれず、またそれは、議院内閣制における国会と内閣との「協働」関係からみて不思議なことではないこと、などを理由とする。」*6
「国会が発議するにいたるまでは、どういう手続で、どういうことがなされるかについては、特別の規定はない。普通の場合は、国会の議案については、一の院で、議員が「発議」するか、内閣が「提出」するかして、それが可決されると、他の院に「送付」され、他の院でもそれを可決したときに、国会の議決として成立する。憲法改正の場合にも、同じようなことが行われるものと考えられる。」*7
「国会が「唯一の立法機関」(41条)とされていても内閣の法案提出権が認められるのだから,憲法改正発議機関が国会だとされていても,そこから原案提出権を内閣に認めないという趣旨を読みとることはできないだろう。一方,議院内閣制において通常の立法には内閣と国会の協働が期待・予定されているが,憲法改正にはそのような事情はなく,また憲法は執行機関である内閣を特に強く拘束するものであるから,それを改正手続に関与させるべきではない,という考えも成り立つ。しかし,国会に自由な修正権が認められている以上,国会自身が内閣に発案権を認めることを違憲だとまでいうのは躊躇される。なお,現状では,内閣に改正原案の提出を認める明文の法規定はない。これは,国会が内閣の提案権を認めていないという趣旨に理解すべきであろう。」*8
内閣は改憲案を提出できないとする説(否定説)
「国会の発議の前提として必要な、いずれかの院での発案の権能を、その院の議員がもつことは当然として、内閣が発案権をもつかどうかが、いちばん問題となる。内閣総理大臣および過半数の国務大臣が同時に国会議員でなければならないとする現行憲法の制度のもとで、一見、議論の実益のない問題に見えるが、内閣総理大臣および国務大臣たる者の、その資格における憲法尊重擁護義務の内容にかかわる点では、重要なちがいをもたらすものとなりうる。憲法改正という最も重要な場面での憲法条項の沈黙は、内閣の発案権を否定するものと解する。」*9
「これに対して否定説は、憲法改正は国民の憲法制定権力(制憲権とも言う)の作用であるから、国民の最終的決定の対象となる原案の内容を確定する行為(憲法で言う「発議」)を国会が行うのは、制憲権思想からいって当然の理であり、この理を貫けば、「発議」の手続の一部をなすとも考えられる「発案」すなわち原案提出権は、議員のみに属すると解するのが憲法の精神に合致すること、内閣に発案権を認めても国会の自主的審議権が害されることはないとはいえ、改正案の提出権を法律案の提出権と同じに考えるのは、憲法と法律との形式的・実質的な相違をあいまいにする解釈であること、などを理由とする。」*10
「否定説は、憲法96条に『国会が、これを発議し」と定めていることから、この発議はその原案の発案・提出も定めているものであり、それを国会の権能としたものと解する。否定説が正当と思われる。なぜなら憲法改正は国民の代表者がその原案を提起し、十分な議論を経て発議を決定し、最終的には主権者である国民による国民投票において決まる、と解する方が、憲法制定権との関係で論理的にも整合するからである。」*11
ちなみに、松井茂記先生はそもそも内閣の法案提出権を否定すべきである以上、憲法改正案提出権も否定すべきとされ*12、辻村みよ子先生は「主権原理をふまえた憲法の趣旨から厳格に解しておくことが妥当」として否定説を支持されます*13。
政府の見解
「政府見解は通説と同様であるが、その根拠として通説同様、憲法第72条の「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し」に加え、内閣法第5条が「内閣総理大臣は、内閣を代表して内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出し」に求め、この「議案」又は「その他の議案」に憲法改正の発案が含まれるとしている。」*14
憲法遵守義務との関係について
「なお、日本国憲法が天皇・摂政や国務大臣・国会議員・裁判官などの公務員に憲法尊重・擁護義務を課していること(99条)についても、このような憲法保障制度の文脈でとらえることもできよう。けれども、その義務づけは、国務大臣や国会議員等が憲法改正の必要を唱えたり、憲法改正案を発議したりすることを禁止するような効果までもつわけではない(昭和55年10月17日付け内閣答弁書参照)。」*15
ただし、上述のとおり、樋口陽一先生は憲法遵守義務との関係で、内閣の改正案提出を否定されています。
公式サイト
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*1:高橋和之『立憲主義と日本国憲法』(有斐閣、第6版、2024年)537頁。
*2:渡辺康行ほか『憲法Ⅱ』(日本評論社、2020年)155頁。
*3:長谷部恭男『憲法』(新世社、第8版、2022年)33頁。芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』(岩波書店、第8版、2023年)420頁同旨。
*4:もっとも、憲法改正の重みを考えれば国民主権を強調する否定説の見解も「有意である」とする評価もあります。本秀紀編『憲法講義』(日本評論社、第3版、2022年)135頁。
*5: 村上尚文(清野憲一改訂)『憲法逐条注解』(立花書房、第2版、2022年)432頁-433頁。
*6:上掲・芦部419頁-420頁
*8:毛利透ほか『憲法Ⅰ』(有斐閣、第3版、2022年)34頁。
*9:樋口陽一『憲法』(創文社、第3版、2018年)79頁。
*10:上掲・芦部420頁。尚、芦部先生は否定説が妥当と考えておられたようです。
*11:植野妙実子『基本に学ぶ憲法』(日本評論社、2019年)449頁。
*12:松井茂記『日本国憲法』(有斐閣、第4版、2022年)62頁。
*13:辻村みよ子『憲法』(日本評論社、第7版、2021年)515頁。
*14:上掲・村上433頁。