竟成法律事務所のブログ

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【刑事法】民事不介入の原則に関するメモ

■今日のテーマ

皆さんも110番通報して,臨場してもらったけれど、警察官が『民事不介入だから』と言って、何もしてくれなかった」「警察署に相談に行ったけれど、『民事不介入の原則があるから何もできない』と言われた」というような話を直接聞いたり、あるいはネット上で読んだりしたことがあるかもしれません。

 

しかし、この「民事不介入の原則」とは、いったいどのようなもので、どういう根拠に基づくものなのでしょうか?

 

そして、「原則」である以上、「例外」があるはずですが、どのような場合に「例外」が認められるのでしょうか?

 

というわけで、本日は、民事不介入の原則について、基本的な事項をご説明したいと思います。

 

 

 

■定義 ――民事不介入の原則とは何か?

「警察には昔から『民事不介入』という不文律があり、これは『民事事件は弁護士が間に入ったり裁判所が解決すべきこと、すなわち、司法権によって解決すべきことであり、行政権に属する警察は口を出してはならない。』という意味です」*1

 

民事不介入とは,「民事の法律関係には警察権は関与してはならないとする原則。警察公共の原則の1つで,民事の法律関係不干渉の原則とも呼ばれる。民事紛争は,民商法などの実体私法によって規律され,民事訴訟法等に従って司法権によって解決されるべきであるという考え方が背景にある。ただ,民事紛争が背景にあっても,犯罪行為のおそれがあるなど公共の安全と秩序に影響がある場合には,警察権の発動の要件は満たされる。そこで,平成3年に暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律,平成12年にストーカー規制法が制定され,それ以後は,犯罪等の予防のために,警察の積極的介入を求める傾向が定着しつつある。」*2

 

「民事不介入」とは「民事上の法律関係不干渉の原則」ともよばれ、伝統的な警察行政法理論において、「私生活不可侵の原則」「私住所不可侵の原則」と共に、いわゆる「警察公共の原則」を構成する、警察権の限界のーつとして位置付けられて来た。例えば田中二郎博士によれば、「警察は、ただ、公共の安全と秩序を維持するという消極的な目的のためにのみ発動しうるのであって、公共の安全と秩序の維持に直接関係のない私生活・私住所及び民事上の法律関係は、原則として、警察権の関与すべき限りでない。」とされ(警察公共の原則*3)、更に「民事上の法律関係不干渉の原則」については、「個人の財産権の行使・親族権の行使・民事上の契約などは個人間の私的関係たるに止まり、その権利の侵害・債務の不履行などに対する救済は、もっぱら司法権のつかさどるところで、警察権の関与すべき事項ではない(「警察権は、借家人の立退を強制するとか貸金債権の取立をするなど、民事上の債権の執行に協力する権限を有するものではない)。」と説明される(田中・新版行政法下巻全訂第2版58~59頁)*4

 

「警察は、公共の治安を担当するのが任務であって、国民個人の利害問題に介入することは許されないのです。これを通常、警察の『民事不介入の原則』(または『民事不干渉の原則』)と呼んでいますが、この建前によって、警察は交通事故の示談には関係しないようにしています。」*5

 

 

 

■趣旨 ――民事不介入の原則は元々、何の為にあるのか?

そもそも、民事不介入の原則は、警察権という強力な国家権力(強制力)が作用する範囲を限定することによって、国民の自由を確保することを伝統的に目的としています*6

  

この点について、高名な裁判官(元東京高裁部総括)であった塩崎勤先生は次のように指摘されます。 

「警察は、基本的には国民に特定の行為を命令しまたは強制する権力作用であるから、憲法13条の個人の尊重、同法31条の法的手続の保障の規定の趣旨からして、警察行政機関が、国民に義務を課したり、強制力を行使したりするについては、法律の根拠を要し、しかもその権限に関する実質的・形式的要件は厳格に適用されるべきであると解される」。

そのため、「警察権の行使には、条理上、警察消極目的の原則、警察責任の原則警察公共の原則、警察比例の原則による限界があるとされ、特に、警察は、社会公共の秩序に直接影響を及ぼさない私生活については介入してはならないとされている」*7

 

 

 

■法的根拠

実は、民事不介入の原則は、明確に法律で定められているわけではありません。明文の根拠規定はないのです。

 

但し、明文の根拠規定がないからと言って、法的に無意味というわけではありません。

むしろ、民事不介入の原則という概念自体は、学説・実務上、支持されています。 

 

問題は、民事不介入の原則の適用の困難性や、その困難性に由来する誤った適用・運用にあります。

 

 

 

■注意点

民事不介入の原則は,もともと,プライベートな法律関係(民事関係)の「一切」について警察の介入を禁止するという原則ではありません

 

例えば、極端な設例ですが、夫婦喧嘩が激化し、一方が他方を殺害しようとする場合は、まさに犯罪行為が為されようとしているわけであって、警察官はその行為を制止することができます(警察官職務執行法5条*8

 

また、社会とは個人の集合体ですから、「個人の安全を保護することは、同時に社会の安全を保護すること」になりますし、「個人に対する障害は同時に社会に対する障害」と考えられます*9

 

しかし、ここには、「公共の秩序と私生活の区別が必ずしも明らかでない」*10。という問題があるのです。

 

社会が個々人の生活・活動によって構成されていることは間違いありませんが、だからと言って、警察をはじめとする捜査機関や警察権力が、やたらめったら私たちのプライベートな空間に入ってくる社会には、真の意味での自由はありません*11

 

これでは、警察国家*12であり、過去の歴史的反省から国家権力に歯止めを掛けた意味がなくなってしまいます。

 

そのため、以下にような指摘が為されるに至っているのが実情です。

 

「警察制度は国家社会の秩序維持装置であり、警察権力が私的領域に直接介入することは、個人の権利と自由に干渉するおそれがあるとして、警察自身が消極的であった。」*13

 

「この『民事不介入』の原則は実際には拡大解釈されており、純粋な民事事件とはいえない名誉毀損等の行為についても、警察はこれを『民事不介入』の原則を口実に刑事事件として受理しないという扱いをしているのではないかと思われる事例が少なくないのです。」*14

 

もっとも、現在では、上記のような民事不介入の拡大解釈や、警察の消極的姿勢については理論的に批判が加えられています。

 

この点について、阪大名誉教授の刑法の佐久間修先生は次のように指摘されます。

 

「近年、こうした『警察権の限界』論が単なる同語反復であって、理論上の根拠を欠いた政策論にすぎないことが明らかとなった*15。むしろ、上述した『警察公共の原則』が、法治国家における行政権の限界を意味するならば、特に明文の法律で警察の業務から除外していないかぎり、犯罪に対して個人の生命・身体・財産を保護することは、むしろ、警察の本来的責務に含まれるであろう。過去、ストーカー行為等規制法や児童虐待防止法などが制定された経緯からも窺えるように、警察の不作為責任を問うケースが贈えており(大阪高判平成18・1・12判時1959号42頁)、実際に被害者に対する損害賠償責任が認められた例も少なくない。」

 

「現在、上述したストーカー行為のほか、児童虐待家庭内暴力、民事介入暴力などの粗暴犯に限らず、振り込め詐欺事件や成年後見人の横領事件のように、刑法典上の財産犯についても、警察の積極的関与が要請される時代になった。しかも、その範囲は拡大する一方であり、こうした犯罪事象の背後にあるのは、家族の崩壊や高齢化の進行という社会全体の質的変化である。なるほど、私人間の加害防止をすべて警察官の責務とするのは、立法機関や他の行政機関の怠慢にほかならないが、警察権の行使を批判する反対説からは、これに代わる具体的な提案や解決策は、何ら提示されていないのである。」*16

 

 

 

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*1:中里和伸ほか『判例にみる債務不存在確認の実務』(新日本法規出版、平成29年)19頁。太字は引用者によります。

*2:有斐閣 法律学小辞典 第5版』電子版のため頁番号なし。太字は引用者によります。

*3:「警察目的が消極的な公安の維持に限られる結果、警察はもっぱら社会公共の秩序に関係ある生活を対象とすべきものであって、人民の行為又は状態が、特定の管理者若しくは関係者により秩序の維持される生活範囲内に止まる場合には、一般に警察はこれに干与しない。これを警察公共の原則(略)といい、又は私生活自由(略)の原則ともいう。」(田上穰治『警察法』〔有斐閣,昭和33年〕64頁)。

*4:藤田宙靖「民事不介入」成田頼明編『行政法の争点』(有斐閣,新版,平成2年)240頁。太字は引用者によります。

*5:加藤一郎ほか編『新版 自動車事故の法律相談』(有斐閣、補訂版、1989年)55頁。

*6:この点に関連する近時のご研究としては,例えば,米田雅宏「現代国家における警察法理論の可能性(2・完)」法学70巻2号(2006年)102頁同『「警察権の限界」論の再定位』(有斐閣,2019年)を参照。

*7:塩崎勤「警察権限の不行使と国家賠償請求」『現代損害賠償法の諸問題』(判例タムイズ社,1999年)125頁。

*8:前掲・藤田240頁。

*9:前掲・田上64頁。

*10:前掲・田上64頁。

*11:例えば、かつてのソ連や現代の中国をお考えになってください。

*12:警察国家とは「政治体制維持のため、巨大な警察機構をもって国民を監視するような専制国家」を言います(『有斐閣 法律用語辞典 第4版』)。

*13:床谷文雄「序 ――『法は家庭に入らず』の再考」民商法雑誌129巻4・5号(2004年)471頁

*14:前掲・中里ほか19頁。

*15:佐久間先生は、原文脚注38で「『警察権の限界』論は、現在では克服された過去の遺物である。詳細については、田村正博「警察の活動上の『限界』(上)」警論41巻6号(昭63)1頁以下、同「同前(中)」警論41巻7号(昭63)67頁以下、同・警察行政法解説(全訂版・平23)57頁以下、70頁以下などを参照されたい。」と指摘されます

*16:佐久間修「法令行為と正当業務行為 ――生命の保護と法秩序の維持」『刑法総論の基礎と応用』(成文堂、2015)196-197頁。