■今回のテーマ
今回のテーマは,「管理職の残業代」です。
みなさんは,
「課長に昇進して管理職になったから,これからは残業代が出ないよ」
というようなボヤキを聞いたことはありませんか?
……でも,これってホントですか?
法律は,ホントにそういう内容ですか?
■結論
結論から言えば,そのボヤキは,不正確です。課長にも,残業代を支払わなくてはいけない場合もあります。
今から,法律の内容をご説明します。
■そもそも残業代は支払わなくてはならないのが大原則です
例えば,会社員の方が「残業」をした場合,会社は,その会社員の方に対して,残業を支払わなければなりません。*1
なぜならば,その会社員の方は,会社のために働いたからです。
法律上の言葉で正確に言い換えれば,
と言える以上,同契約に基づいて賃金及び時間外手当の支払いを請求することができる(民法623条,624条,労働基準法37条),ということになります。
これが大原則です。
民法第623条(雇用)
雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
民法第624条 (報酬の支払時期)
1 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
労働基準法第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
1 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。(※2項以下省略)
■法律で認められた例外の1つが「管理職」です
世の中,何事もそうですが,原則があれば例外があります。
法律の世界でもそれは同じです。労働基準法は,上述した原則(残業代は支払わなくてはならない)に対する例外をいくつか認めています。
その例外の1つが,「管理職」です。
労働基準法が定める「管理職」に当てはまる会社員の方には,「残業代」を支払う必要はありません。この点について,労働基準法41条は,次のように定めています。
労働基準法第41条(労働時間等に関する規定の適用除外)
この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
1 別表第1第6号(林業を除く。)又は第7号に掲げる事業に従事する者
2 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
3 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
うーむ,法律って読みにくいし,分かりにくいですよね……(笑)。
今回のテーマとの関係で問題になるのは,労働基準法41条2号です。
事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
これです。このタイプの方々こそが,労働基準法が定める「管理職」に当たる方々です。
そして,このタイプの方々のことを,法律の世界では「管理監督者」と呼んでいます。
つまり,労働基準法は,この「管理監督者」に該当する会社員の方には,残業代を支払わなくて良い,と定めているのです。
ですから,皆さんが聞いたことのある
「管理職」になっちゃったから「残業代」が出ない
という話は,法律的にはやや不正確で,正確には
「管理監督者」になっちゃったから時間外手当が出ない
ということになります。
そして,ここが,多くの方々が誤解しているポイントです。
実は,法律上は,「社内で管理職として扱われている人」=「管理監督者」と常に言えるわけではありません。
ある会社員の方が,いくら社内で「課長」・「部長」などと呼ばれていても&管理職扱いされていたとしても,その方が法律上の「管理監督者」に当たらなければ,「残業代」は発生します。
逆に,何の肩書のない方でも,その方が法律上の「管理監督者」に当たる場合,「残業代」は発生しません。*2
この「管理職」(管理監督者)と残業代の関係については,意外に多くの会社員の方々や,経営者の方々が誤解をされています。
そのため,例えば,東京地方裁判所で労働事件を数多く担当された渡辺弘判事は,次のように述べられています。
「『管理職』という名の下に,時間外手当を不支給とするのを当然とする例が,実務で多くの事例に接していると極めて多い。そして,そのような誤解をする企業が訴訟の場にくると,厳しい状況に遭遇することが多い。」*3
■じゃあ「管理監督者」ってどんな人を言うの?
では,労働基準法41条2号がこのように↑定める「管理監督者」とは具体的にどのような人を指すのでしょうか?
この点については,一般的には次のように説明されています。
これだけではよく分からないと思いますので,労働基準法の趣旨に立ち戻って,説明しします。
そもそも,労働基準法が,「管理監督者」に対して,残業代を支払わなくて良いとした理由については,このように説明されています。
管理監督者は「労働時間の管理・監督権限の帰結として,自らの労働時間は自らの裁量で律することができ,かつ,管理・監督者の地位に応じた高い待遇を受けるので,労働時間の規制を適用するのが不適当とされたと考えられる。」*5
「管理監督者の適用除外の趣旨は,管理監督者は,経営者と一体の地位にあり,重要な職務と責任を有しているために,職務の性質上,一般労働者と同様の労働時間規制になじまず,勤務や出退社について自由裁量を持つため,厳格な労働時間規制がなくても保護に欠けることはないという点にある。」 *6
つまり,ざっくり説明いたしますと
- あなたは,労働時間を管理できる権限を持っているんだから,自分の労働時間は自分で決められるでしょう!
- あなたは,管理者として,高い待遇を受けているではありませんか!
という2つの理由があるからこそ,「管理監督者」への残業代は不要とされているのです。
言い換えれば,この2つが本当に当てはまる人だけが,「管理監督者」になり,「残業代」がもらえないことになります。
ただ,「労働時間を管理できる権限の有無」や「高い待遇の有無」を決める統一的な明確な基準を決めることは困難です。例えば,「何が『高い待遇』なのか」は会社によって違いますよね。
そのため,ある会社員の方が「管理監督者」に当たるか否かは,実際の裁判でもよく争われます。
ですから,裁判では,会社員側も,企業側・経営者側も,色々と工夫をした主張をしなければなりません。*7
ただ,上述した渡辺弘判事のご指摘にもあるように,漫然と「管理職=残業代不要」と考えておられた企業・経営者の場合,裁判で勝つことはなかなか難しいです。
むしろ,企業・経営者としては,裁判にならないような賃金体系にしておくことが最も重要です。適法な残業代を支払う環境にしておくことこそが,従業員の方のためにも,会社のためにも,望ましいのです。
尚,会社に対して残業代を請求するためには,「残業した」ということを何らかの形で立証しなければなりません。例えば,タイムカードや入退室記録,あるいは「今から帰ります」というメールやLINEなどです。
■まとめ
以上,長々とご説明いたしましたが,結局,今回,お伝えしたかったことは,
「管理職になった!」 ⇒ 「残業代はなくなる」
と常に言えるわけではなく,
「管理監督者になった!」 ⇒ 「残業代はなくなる」
という理解が正しいですよ,ということです。
■その他の参考文献
細川二郎「労働基準法41条2号の管理監督者の範囲について」判タ1253号59頁
福島政幸「管理監督者性をめぐる裁判例と実務」判タ1351号45頁
■公式サイト
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竟成(きょうせい)法律事務所
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*1:とりあえず,ここではいわゆる「法内残業」を無視して,時間外労働を前提にして話を進めます。また,残業禁止の指示等もないという前提にしておきます。
*2:尚,管理監督者に当たる場合でも,深夜業(労基法37条4項,61条)や年次有給休暇(労基法39条)の規制は適用されます。ですから,管理監督者の方が深夜働いた場合は,割増賃金の支払いが必要です。
*3:渡辺弘『リーガル・プログレッシブ・シリーズ 労働関係訴訟』(青林書院,2010年)181頁。
*4:山口幸雄ほか編著『労働事件審理ノート』(判例タイムズ社,第3版,2011年)124頁,昭和22年9月13日発基17号
*5:菅野和夫『労働法』(弘文堂,第10版,平成24年)339頁。
*6:藤井聖悟「残業代請求事件の実務(中)」判タ1366号33頁(2012年)。
*7:裁判官も「依頼人の『管理監督者』というマジックワードに惑わされずに実態に踏み込んで主張立証を組み立てる必要がある。」と指摘しています(前掲・藤井33頁)。