■今回のテーマ
Twitter上で,深澤先生による以下のようなご指摘がありました。
裁判員裁判で、一番やばいと思った判決は、「無罪っぽいんで刑を軽くする」「障害者は受け入れ先がないから公益のために刑務所に長く閉じ込めよう」の2つですね。
— 深澤諭史 (@fukazawas) December 16, 2018
もちろん、従前の裁判官裁判でもそういう発想はなかったとまで断定できないが、少なくとも判決文に堂々と書かなかった。
なお、無事に控訴審でボロクソ(控訴審だけしか読んでないと、さすがに言い過ぎだとおもったけれども、原判決読んで、いわれてもやむを得ないと思うレベル)に言われて、原判決破棄無罪になっています。
— 深澤諭史 (@fukazawas) December 16, 2018
千葉地方裁判所平成26年(わ)第949号 平成27年3月24日刑事第5部判決です。
— 深澤諭史 (@fukazawas) December 16, 2018
控訴審は、東京高等裁判所平成27年(う)第921号 平成28年1月13日第5刑事部判決です。
というわけで,今回は,この判決をご紹介いたします。
■判決の概要
- 控訴審は,東京高判平成28年1月13日判タ1425号233頁
- 合議体は,藤井敏明判事(裁判長),福士利博判事,山田裕文判事。
- 藤井部長は,刑裁教官や最高裁調査官を務められたご経験もあります。平成30年10月4日現在,東京高裁第5刑事部部総括判事です。
藤井敏明 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E4%BA%95%E6%95%8F%E6%98%8E
- 原審は,千葉地判平成27年3月24日(平成26年(わ)第949号)。
- 合議体は,家令和典判事(裁判長),高橋明宏判事補,日下部優香判事補(役職は当時のもの)。
- 家令部長も,最高裁調査官を務められたご経験があります。平成30年4月1日現在,東京地裁刑事第13部部総括判事です。
- 本件については,河津博史「公判前整理手続及び判断の在り方が証拠に基づき事実を認定するものとなっていないとして,控訴審で破棄された判決〈検証・刑事裁判7〉」(『自由と正義』68巻4号48頁)という論攷もあります。
- また,判タ1425号233頁以下の匿名解説では,原審の問題点について,詳しく解説が為されており,争点整理における弁護人の対応についても,一定の仮定が前提となっていますが,批判されています。その上で,次のように述べています。
「覚せい剤の密輸入という事件は,国民の視点や感覚を裁判に適切に反映させることが容易でない犯罪類型と思われるが,それには,例えば回収措置に関する経験則のように,国民が日常的に経験する範囲を超えた当該犯罪類型に固有の経験則等を,当事者において,適宜,主張立証し,あるいは職業裁判官において評議に定期して,その合理性を吟味することを通じて対応すべきできないかと思われる。この種事案の判断を簡易にしようとする余り,前述のような被告人の認識に関連する間接事実等を検討することなく,本件の原判決のような誤った定型的な判断枠組みを設定して,裁判員の思考をその枠内に押し込めることや,被告人の弁解の信用性に絞って判断しようとするようなこと(そのような事例も散見される。)は,刑事裁判の本道を外れたものというべきであろう。」(上記判タ235頁。太字・下線は引用者による。)
■東京高裁判決抜粋
※いずれも太字・下線は引用者によります。
「4 当裁判所の判断
(1)原判決の推論について
ア 前記2のとおり,原判決は,〔1〕被告人がcから本件スーツケースの運搬を依頼されて来日し,〔2〕その際,高額の報酬を受け取る約束になっていたことが証拠により認められるとしている。
イ しかし,原審記録(被告人の原審公判供述及び捜査報告書(被告人のメールデータ等)[略])によれば,被告人が本件渡航に及んだ経緯は,cから現金に付いたマークを洗浄するためのセパレーション・オイルという物の運搬を依頼され,同人の指示する者から託された本件スーツケースを携えて来日し,その際,400万ドルの報酬を受け取る約束になっていた,というのである。
ウ そうすると,原判決が摘示した前記アの各要素のうち〔1〕の「スーツケースの運搬の依頼」という点は,「セパレーション・オイルという物の運搬を依頼されてスーツケースを託された」という,証拠に示された事実の中から一部の事実だけを取出して内容を再構成したもので,また,〔2〕の「高額の報酬を受け取る約束」という点は,「400万ドルの報酬を受け取る約束」という事実における金額の点を抽象化したものであるが,そのような証拠に示された事実の一部を再構成し又は抽象化することは,証拠に基づいて事実を認定したものとはいえない。
エ 原審記録をみると,前記アの各要素は,原審の公判前整理手続で当事者間に争いがないと整理された内容と一致している。このことからすると,実際のところは,原審裁判官は,公判前整理手続において,当事者の主張する事実の中から被告人の犯意を推認させると考えた要素を抽出し,これらの事実には当事者間に争いがないと整理した上,原判決において,その争いがないと整理した要素を,証拠調べの結果に基づいて認定することなく,所与の前提事実であるかのようにして,被告人の犯意を推認したものと思われる。
オ 以上のような事実の再構成又は抽象化,あるいは当事者間に争いがないと整理した要素だけを摘示することによって,事実が持つ本来の意味やそれにより推測される事柄は変わってしまっている。
すなわち,単に「高額の報酬を支払う約束でスーツケースの運搬を依頼された」ということであれば,原判決がいうように,依頼された者に,その中に何か高額の物が隠匿されている可能性を推測させるかもしれないが,「セパレーション・オイルなる物を運搬することを依頼され,スーツケースを渡された」場合には,依頼された者が,スーツケースの中にセパレーション・オイル以外の何か別の物が入っていると推測したといえるためには,何らかの積極的な理由が必要である。
また,約束された報酬が400万ドルであるとすれば,依頼された者は,それだけの報酬に見合う物を運搬すると考えるのが通常であるから,そこまでの価値があるとはいえない覚せい剤等が隠匿されていると推測したといえるためには,400万ドルの報酬が約束されたということが虚偽であるか,依頼された者がその約束はうそであると考えていたことなどが必要である。
カ 以上に加え,前記2の原判決の推論は,摘示した要素から「特段の事情がない限り」被告人の犯意が推認されるとすることによって,犯意がないことの立証責任を被告人側に負わせる構造に陥っている疑いもある。
キ 以上のような,原審の公判前整理手続及び原判決の判断の在り方は,証拠に基づき事実を認定するものとなっていないから,これを是認することはできないが,直ちにその結論が誤りであるとまではいえないので,さらに,原判決の結論の当否について検討する。」
■原審判決抜粋
※いずれも太字・下線は引用者によります。
「(争点に対する判断)
1 公訴事実のうち,被告人が,覚せい剤が隠匿されたプラスチックケース6箱の入れられた本件スーツケースを我が国に持ち込んだことに争いはなく,主要な争点は,被告人にスーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されていることの認識があったか否かである。弁護人は,被告人は,判断能力が低下していたこともあって,スーツケース内のどこかに「セパレーション・オイル」という適法な物品が入っていると信じ込んでいて,スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているとは知らなかったから,被告人は無罪であると主張している。
2 証拠によれば,〔1〕被告人が「c」と名乗る者(以下,単に「c」という。)から本件スーツケースの運搬を依頼されて来日したこと,〔2〕その際,被告人が高額の報酬を受け取る約束になっていたこと,〔3〕渡航に必要な航空券や日本でのホテルは全て依頼者側が手配し,依頼者側がその費用も負担する約束となっていたことが認められる。そうすると,常識的に考えれば,本件スーツケース内には,依頼者が高額の費用や相当な手間をかけても見合うような何らかの密輸品が隠されているかもしれないと被告人が認識していたものと推認することができ,そのような物の一つとしては,覚せい剤を含む違法薬物が当然思い浮かぶはずである。したがって,被告人には,特段の事情がない限り,本件スーツケース内の隠匿物は覚せい剤を含む違法薬物かもしれないとの認識があったものと推認することができる。」
「(量刑の理由)
被告人が持ち込んだ覚せい剤の量は,乱用者の平均的な使用量を基に計算して約9万9800回分を超えるものであり,被告人の行為により,我が国に多大な害悪が拡散する危険があった。本件のような組織的かつ巧妙な犯行において,被告人のような運び役がいなければ,犯罪の目的を実現することはできず,被告人の果たした役割は,従属的であるとはいえ,必要不可欠なものである。
被告人は,運搬物が覚せい剤を含む違法薬物かもしれないと認識しつつも,報酬欲しさに本件犯行に加担したと認められ,動機が身勝手であるとの非難は免れない。しかしながら,他方で,被告人は,密輸組織から運搬物はセパレーション・オイルであると告げられており,高齢のため,そのとおり運搬物がセパレーション・オイルかもしれないとも考えていた様子が窺われる。また,被告人がこれまで渡航経費の一部を自費で出費させられており,その出費した金銭を精算したいという心理を利用されて,本件渡航に及んだという面も否定できない。そうすると,密輸組織によって,被告人はその依頼を断ることがやや難しい状況に追い込まれていたものと評価することができる。
以上によれば,被告人が本件犯行に至った経緯については責任非難の程度を弱める事情があるということができるから,被告人に科すべき刑は,同種事案と比して相当程度軽いものとすべきである。
そこで,同種事案の量刑傾向も踏まえて検討した結果,被告人にこれまで前科がなく,高齢で持病も抱えていること,当公判廷で被告人なりに謝罪の言葉を述べたこと等の事情も踏まえて,主文の懲役刑及び罰金刑にとどめるのが相当であると判断した。」
■公式サイト
※大変申し訳ないのですが,無料法律相談は行っておりません
竟成法律事務所
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