竟成法律事務所のブログ

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【民法】不倫をしていた夫・妻が亡くなった後,相続人は,故人の不倫相手に損害賠償請求できますか?

■今日のテーマ

ネット上で,次のような記事が公開されています。

不倫相手の死亡で全て終わったはずが…相手の妻にバレて慰謝料「300万円」を請求された - 弁護士ドットコム
https://www.bengo4.com/c_3/n_11194/ 

 

ここで取り上げられている事例は要するに,以下のような内容です。

妻A ―― 夫B ―― 相手C

  1. 夫Bと相手Cは不倫関係にあった。
  2. 夫Bが死亡し,Cとの不倫関係も終了した。
  3. 夫Bの没後,妻Aは,夫Bと相手Cの不倫関係を知り,相手Cに対して損害賠償請求を考えている。これは可能か?

 

 

結論として,上記のような内容であれば*1妻Aは相手Cに対して損害賠償を請求することができます

 

この点について,争いはないものと考えられます。

 

 

ただ,気になるのは,この「混同」に関するご説明部分です。

混同によって債権債務が消滅し,消滅した部分については不倫相手に請求できなくなる,というご説明が為されています。

「不倫をされた妻が相続した部分は『混同』により消滅します(慰謝料請求をおこなっているのは妻のため、債権者と債務者は両方ともに妻になる。このように、債権者と債務者とが同じになってしまった場合は債権債務が消滅する)。債権債務が消滅するため、その部分については不倫相手に請求できなくなります。

たとえば、不倫をした配偶者の相続人が妻と子の場合、妻が相続する部分(慰謝料の半分)については不倫相手にも請求ができなくなります。」

「また、不倫をされた側が相続した部分については、不倫相手に請求することはできますが、求償に関して違いが生じます。」

「不倫をした配偶者が亡くなっている場合、不倫相手は妻以外の相続人に対して求償をすることができるので、あまり意味がないということになりそうです」 

 

恐らく,このご説明は2020年4月1日から施行された改正債権法(民法)――正確には,債権法改正を踏まえた不真正連帯債務概念の維持の要否・当否――を踏まえたご説明なのではないかと存じます。

 

もっとも,これですと,一般の方は誤解をしてしまう危険性があるかと思います。

 

そこで,以下では,理論的な部分について補足をしたいと思います。

 

 

 

■妻Bは不倫相手Cに全額請求できないのか?

まず,冒頭のケースのように,夫Bと相手Cが不倫関係にあった場合,その行為は,妻Aに対する共同不法行為民法719条)となります。

妻A ―― 夫B ―― 相手C

 

そのため,夫Bと相手Cは,妻Aに対して損害賠償債務(慰謝料債務)を負います。

尚,この点については,別稿も御覧いただければ幸いです。

民法】第三者に対する離婚自体慰謝料に関する最高裁判決について(追記あり
http://milight-partners-law.hatenablog.com/entry/2019/02/19/160021

 

そして,このような共同不法行為によって発生した損害賠償債務は,伝統的には「不真正連帯債務」と言われる性質を持ちます。

 

この不真正連帯債務については,法令上,明確な定義はないのですが,伝統的には次のように説明されます。

「連帯債務に類似するものに,不真正連帯債務と呼ばれるものがある。連帯債務との差異は,一言にしていえば,多数の債務者間にそれほど緊密な関係がなく,債務者の一人について生じた事由(例えば免除・時効消滅・混同など)は他に影響を及ぼさないものである。従って,債権者にとって有利な場合がある。」*2

 

「伝統的学説によると、不真正連帯債務は、次の3点で連帯債務との違いがある(我妻 445頁)。①債務者間に共同目的による主観的な関連(主観的共同関係)がない。②影響関係では、弁済のように債権を満足させる事由以外は、相対的効力しかない(絶対的効力事由に関する434条ないし439条の規定は適用されない)。③求償関係をその当然の内容とはしない。不真正連帯債務者の間には、主観的共同関係がない以上、負担部分が存在せず、負担部分に基づく求償関係も生じない。715条3項のように特に法律の規定がある場合などは別だが、これは連帯債務だから当然に生じるというものではなく、別個の規定に基づく求償権である。」*3*4

 

つまり,伝統的な考え方によれば,夫Bと相手Cが妻Aに対して負っている損害賠償債務(慰謝料債務)については,例えば,夫Bに混同が生じたとしても,その効果は相手Cには及びません(逆も同様です。)

 

そのため,確かに,冒頭の記事に書かれているように,債務者たる夫Bが死亡し,債権者たる妻Aが夫Bを相続すると,混同は生じます。

しかし,その混同の効果は,相手Cには及びません

 

つまり,伝統的な考え方によれば夫Bを相続した妻Aは,これまでと何ら変わらず,相手Cに対して,慰謝料の全額を「請求」することができます*5

 

この観点(求償を度外視した観点)からすると,冒頭でご紹介した記事の以下の部分は,「請求できない」としており,正確性を欠いているのではないかと考えられます。

「不倫をされた妻が相続した部分は『混同』により消滅します(慰謝料請求をおこなっているのは妻のため、債権者と債務者は両方ともに妻になる。このように、債権者と債務者とが同じになってしまった場合は債権債務が消滅する)。債権債務が消滅するため、その部分については不倫相手に請求できなくなります。

たとえば、不倫をした配偶者の相続人が妻と子の場合、妻が相続する部分(慰謝料の半分)については不倫相手にも請求ができなくなります。」

 

改正前の民法及び判例を踏まえれば,この結論は,2020年4月1日より前に発生していた不倫関係――つまり,伝統的な考え方が適用される事象――には,そのまま妥当させて良いと考えられます*6

 

 

■この結論は2020年4月1日以降に発生した不倫関係でも同じか?

では,不倫関係が2020年4月1日以後に発生していた場合(つまり,改正債権法が適用される場合)は,結論は変わるのでしょうか?

 

結論から申しますと,結論が変わる可能性はある,と考えられます。

 

 

まず,条文の確認ですが,改正債権法では,連帯債務に係る混同の条文番号が民法438条から民法440条になっています(新旧対照条文はこちらです。)。これは形式的な変更であり,特段の意味はありません。

(連帯債務者の一人との間の混同)
第440条 連帯債務者の一人と債権者との間に混同があったときは、その連帯債務者は、弁済をしたものとみなす。

 

 

次に,実は,改正債権法が適用された現在,①不真正連帯債務という概念を維持する必要があるか否か,②連帯債務の規律を及ぼしても良い共同不法行為もあるのではないか,という指摘が為されています。

 

余談ですが,最近,出版された学生向けの債権総論の教科書の中には,「不真正連帯債務」という用語を使っていないものもあります*7

 

 

これらの点について,有力な民法研究者は次のように指摘します(太字は引用者によります。)*8

「不真正連帯債務では,各債務の独立性が強いため,絶対的効力事由が弁済その他債権者に満足を与える事由に限られるとされていた。また,伝統的には,不真正連帯債務では負担部分を観念することができないため,連帯債務であることを理由とする求償権を認めることができないとまで言われていた(しかし,多数説はも求償権を認めないことには批判的であった)。


これに対して,現民法は,絶対的効力事由を大幅に削減した(とりわけ,履行の請求,免除,消滅時効の完成が,絶対的効力事由から相対的効力事由へと変更された点は重要である)。その結果,現民法のもとでは,従前説かれてきた連帯債務と不真正連帯債務を区別する意味はなくなった。これにより,これまで不真正連帯債務とされていたものも,436条以下の「連帯債務」に含まれる。このことは,不真正連帯債務であるとされていたものに対して,今後は,債権総則に定められた連帯債務の規律(とりわけ,求償権に関する規律)が適用されることとなる点で,重要な意味を有する。」*9

 

「連帯債務の規定自体,当事者の意思の推定規定であって,民法の規定と異なった効果を含む連帯債務が生ずることは否定されていない (新441条ただし書)。 その意味で,不真正連帯債務とは,求償について判例が特則を設けた連帯債務であり,不真正連帯債務の求償について判示した判例は共同不法行為の事案であるから,共同不法行為の場合の特則と解することができる。

 連帯債務との相違がこの点に限られ,しかも,改正法のもとでこの特則がすべての共同不法行為に妥当するかどうかも今後の解釈問題であることを考えると(連帯債務の規律を及ぼしても不都合のない共同不法行為もあると思われる),あえて不真正連帯債務という法文にない概念を用いるまでの必要はなく、例外的に求償に特則が認められる場合があると説明すればよい。」*10

 

そのため,上述した《夫Bに混同が生じたとしても,その効果は相手Cには及ばない》という考え方は,改正債権法が適用される不倫関係については,当てはまらない余地があります。

 

特に,近時の最高裁*11は,不倫相手に対する慰謝料請求権の範囲を制限しようとする傾向にあります(そして,これは世界的な傾向です。)

 

そのため,冒頭の設例のような場合において,混同の効果を相手Cにも及ぼし,妻Aが相手Cには全額請求できなくなる,という結論になる可能性もあります

 

冒頭で引用した弁護士ドットコムの記事は,恐らく,この観点から書かれたものではないかと考えられます。

  

 

 

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*1:実際の事案では様々な事実関係がありますので,この設例のように即断できるわけではありません。

*2:我妻栄『新訂 債権総論』(岩波書店,1964年)378頁。

*3:中田裕康『債権総論』(岩波書店,2008年)436頁。

*4:尚,誤解なきように補足しますと,現在の判例・学説では,不真正連帯債務であっても,求償権は発生すると考えられています。潮見佳男『不法行為法Ⅱ』(信山社,2011年)180頁参照。

*5:求償の問題は一旦,度外視しています。

*6:新法・旧法の適用関係については,こちらの附則をご確認ください。

*7:例えば,山本敬三監修・栗田昌裕ほか『民法4 債権総論』(有斐閣,2018年)など。

*8:但し,潮見先生は,不真正連帯債務概念は不要になったと主張されるのに対し,内田先生は,改正法は概念の破棄を意図しているとまでは言えないと主張されます(後掲・内田466頁・脚注2)。

*9:潮見佳男『プラクティス民法 債権総論』(信山社,第5版,2018年)566頁。

*10:内田貴民法Ⅲ』(東京大学出版会,第4版,2020年)465-466頁。

*11:例えば,最三小判平成31年2月19日民集73巻2号187頁など。この判決については,こちらの記事をご参照ください。