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認知症事件(JR東海事件)最高裁判決に関する簡単な解説とコメント

■今回のテーマ

平成28年3月1日,最高裁は,認知症に罹患した高齢者が起こした鉄道事故事件に関する損害賠償請求について,JR東海の請求を棄却する内容の判決を出しました。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85714

 

 

この事件については,従来からいくつもの報道が為されており,社会的に注目されていました。

www.chunichi.co.jp

 

また,最高裁判決を受けて,法律家の方々もTwitterで呟かれており,実務上も重要な判決であることが分かります。

togetter.com

 

 

というわけで,今回は,この認知症事件(JR東海事件)に関する簡単な解説をしたいと思います。

 

今後,研究者の先生方による詳細な判例評釈や,担当調査官による解説が出ると思います。本格的かつ精確な議論については,それらのご論考をご参照ください。

 

 

 

■そもそも,法律上,認知症の方が事故を起こした場合って誰が責任を負うことになっているのか?

今回の事件のように,認知症の方が事故を起こして被害者の方損害を負わせてしまった場合,まず問題となるのは民法714条です。

実際,今回の事件でも,JR東海は,民法714条民法709条を根拠として損害賠償を請求しました。 

(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第714条
1 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

 

認知症の方が「責任無能力者」*1に該当する場合,「その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」が,その義務に違反したときに,損害賠償責任を負います。

 

つまり,認知症の方が責任無能力者である場合,以下の2つの条件を満たす方がいらっしゃれば,その方を相手として,被害者の方は損害賠償を求めることができます*2

  1. 責任無能力者を監督する法定の義務」を負っていること。
  2. その義務に違反したこと。

 

 

 

■今回,裁判所はどんな判断をしたの?

事件の詳細については,冒頭でご紹介いたしました最高裁の判決文や,報道各社による記事を御覧いただきたいと思います。

 

要点だけを述べますと,JR東海は,愛知県在住の認知症の男性(当時91歳)が平成19年に起こした鉄道事故について,同居していた男性の妻(大正11年生まれ。平成18年の段階で本人も要介護1)と,男性の長男(横浜市在住)に対して,民法714条に基づく損害賠償を求めました。

 

ですから,男性の妻と長男について,上述した2つの条件(①「責任無能力者を監督する法定の義務」を負っていること,②その義務に違反したこと)が満たされれば,民法714条に基づく損害賠償が認められることになります。

 

しかし,最高裁は,民法714条に基づくJR東海の損害賠償請求を認めませんでした。

 

非常に荒い説明を致しますと,最高裁は,男性の妻と長男は,「責任無能力者を監督する法定の義務」を負っていない,と判断しました*3

 

 

■今回の最高裁判決のどこが目新しいの?

目新しい点は2点あります。

 

第1は,精神上の障害による責任無能力者について*4,「平成19年当時において,保護者や成年後見人であることだけでは,直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。」という判断を示した点です。

従来の裁判例・伝統的通説は,保護者はともかくとして,成年後見人は法定の監督義務者に該当すると考えていました*5

しかし,最高裁は,この考え方を否定しました。

 

第2は,精神上の障害による責任無能力者について法定の監督義務者に該当しない者であっても,その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,「法定の監督義務者に準ずべき者」として,民法714条1項が類推適用されるという判断を示した点です。

確かに,「法定の監督義務者又はこれに準ずべき者」という概念(「事実上の監督者論」に類似する概念です。後述。)は,最判昭和58年2月24日集民138号217頁でも登場しています。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=66880

「他人に傷害を負わせた精神障害者の両親について民法714条の責任が否定された事例」

 

しかし,この判決は事例判決であり,規範を提示していませんでしたし,成年の精神障害者による暴行・傷害に関する事件であったため,射程も限定的なものに留まっていました。

今回の判決は,具体的な規範を提示している上,認知症の方が他人に損害を与えてしまった場合という今後も多々発生するであろう事案を対象としたものであり,広範な射程を持っていると考えられます。

 

 

 

今回の判決に関する簡単な概要は上記のとおりです。

ここからは,やや専門的な話になります。

 

最高裁の判断は本当に「温かい判決」か? ――「事実上の監督者」論

亡くなられた男性の長男は,本判決について,次のように述べられたと報道されています。

認知症事故判決「家族にとって救い」 誰が責任…課題も:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ3156VFJ31UTIL03C.html

「『大変温かい判断をして頂き、心より感謝申し上げます。父も喜んでいると思います。8年間、色々なことがありましたが、これで肩の荷が下りてほっとした思いです』。判決後、東京都内で会見した代理人弁護士が、認知症で徘徊(はいかい)中に死亡した男性の長男(65)のコメントを読み上げた。」

 

私も,本判決の結論自体は十分に首肯することができます。

 

ですが,判決文を読んで,一定の危惧感を覚えたことは否定できません。

すなわち,この論理は,家族や近親者,その他の介護従事者等に対して,積極的な介護に及ぶことを避けるインセンティブを与えてしまうのではないかという懸念があります。

私個人としては,多数意見よりも,後述する 大谷剛彦判事の意見に示された考え方に賛成です

 

以下,説明いたします。

 

今回の判決において,最高裁は次のような判示を行いました(太字は引用者によります。)。

「もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。」

「その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。」

 

これは,いわゆる「事実上の監督者」と呼ばれる論理に「類似する」考え方です。

 

但し,最高裁は,「事実上の監督者」という言葉を慎重に避けていますし*6,「単なる事実上の監督を超えている」という文言を使用していますので,従来の「事実上の監督者」論よりも責任を負う者の範囲が狭くなることを前提にしているのだと考えられます。

 

ちなみに,従来,事実上の監督者論は次のように説明されていました。

「監督を行っている事実に着目して,監督義務者性が判断される場合がある。具体的には,事実上の家族共同体の主長たる世帯主が親権者や後見人でない場合に,事実上の監督をする者として監督義務者に当たるとされる。事実上の監督者が監督義務者とされるのは,社会的に法律上又は契約に基づいて義務を負う者と同視しうるように監督義務を負うと考えられるからであり,具体的には,たまたま後見人選任手続を怠っていたために責任を免れることになっておかしいことが指摘される。また,この場合の監督義務の根拠を条理に求めるものもある。」*7 

 

そして,この考え方は,第1審の名古屋地判平成25年8月9日判時2202号68頁でも採用されており,名古屋地裁は,次のように判示していました(太字は引用者によります。)*8

「以上によれば、本件事故当時の被告Y(引用者注・男性の長男)は、社会通念上、民法714条1項の法定監督義務者や同条2項の代理監督者と同視し得るA(引用者注・亡くなった男性)の事実上の監督者であったと認めることができ、これら法定監督義務者や代理監督者に準ずべき者としてAを監督する義務を負い、その義務を怠らなかったこと又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったことが認められない限り、その責任を免れないと解するのが相当である。」

 

 

しかし,この事実上の監督者論に対しては次のような批判があります。

例えば,医師でもある東大の米村滋人先生は次のように述べられます(太字は引用者によります。)。

「この構成は,前記のとおり,近親者のある者が実際上後見人や保護者の職務を行っていると診られる場合に,その者をも法定監督義務者または代理監督者と認定して714条責任を肯定する者であった。しかし,認知高齢者を含む精神障害者等の介護の場面を想定した場合,仮にこの議論が,『実際上当該精神障害者等を介護する者が重い責任を負担せよ』という命題を是とするものであるならば,これに対しては,冒頭に紹介した介護従事者等の批判が全面的に妥当しよう。すなわち,献身的な介護を行うほど重い責任を負担するのでは,近親者の看護・介護を必要とする在宅医療・介護の阻害要因となることが懸念されるのである。

 加えて,この構成には次の運用上の問題も指摘される。元来,714条の解釈論として『事実上の監督者』構成が主張された背景には,2で引用した加藤一郎の記述にも表れるとおり,成年後見法改正前の後見人など,責任無能力者の看護等の包摂的義務を負担する法定の職種者が存在することを前提に,特定人が当該職種者に匹敵する役割のすべてを事実上担っている状態が考えられており,本人を含む種々の関係者が個別事情に応じて職責を分担するあり方は想定されていなかったと思われる。既述のとおり,精神障害者の監護等に関与する主体が多元化した現状では,。法定職種者ですら,全体の一部分についてしか義務と責任を負担しない事態がありえ,どのような内容・程度の職責を事実上担った者につき『事実上の監督者』と認定されうるか,基準を明確化することが極めて困難となろう。

 以上を踏まえれば,『事実上の監督者』構成は今日的な社会状況の下では問題が大きい。」*9

 

また,立教大の前田陽一先生も次のように述べられます。

「第一審判決が,介護に対する関与の強さから,特定の近親者について『事実上の監督者』として民法714条の重い責任を認めた法律構成は,①多くの近親者で協力して負担を軽減しながらより良い介護を行うことを妨げる一方,②様々な手続や金銭的負担を含めた介護の協力の仕方の多様性に照らし基準の明確さに欠ける点でも問題がある。」*10

 

更に,神戸大の窪田充見先生は――立法論という文脈ではありますが――次のように述べられます(太字は引用者によります。)。

「制度設計として特に重視されるべき点 であると思われるのが,誰が監督責任者になるか不明であるというのは,それ自体,きわめて不安定で,また望ましくない状況であるということである。誰が監督責任者なのかが事前に明らかであるということは,制度設計においては重要である。

 たとえば,『後見人は法定の監督義務者である』とするのに対して,『後見人は必ずしも法定の監督義務者になるわけではない』というのは,一見したところ,後見人に有利であるとの印象を与えるかもしれない。しかし,監督義務者になるかもしれないし,ならないかもしれないというのは,実際には,後見人にとっては不安定で,場合によっては大きなリスクをもたらすことになるのではないだろうか。当然に法定の監督義務者になるのだとすれば,それに対して,責任保険等で対応することも可能である。しかし,なるかならないかわからないのであれば,責任保険等によって対応するインセンティブは下がり,あるいは責任保険に加入しても,その保険料が無駄になるという状況をもたらすことになる。そのことは,かえって計算しにくい損害賠償責任のリスクにさらされるという状況をもたらすことになるだろう。」*11

 

これらの批判は,従来の「事実上の監督者」論に対するものですが,従来の論理と最高裁が今回示した論理との間に本質的な差違はない以上,今回の判決にも妥当すると考えられます。

すなわち,①介護を引き受けない方向での負のインセンティブが働くのではないか,②いかなる場合に「法定の監督義務者に準ずべき者」に該当するのかが不明である,という批判が今回の最高裁判決には妥当すると考えられます。

 

もちろん,介護をなし得る立場であったにもかかわらず(かつ,他に介護できる者がいなかったにもかかわらず),介護をしなかったり,介護のための環境を整えなかったりした場合には,709条で直接的な処理をすることができるかもしれません。

しかし,714条が中間責任として主張立証責任が転換されているのに比して,709条では被害者がその不作為を立証しなけければなりません。介護状態等について外部から認識・調査することが困難であることに鑑みれば,被害者側の主張立証は容易ではありません。

 

 

 
■「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」とは具体的に誰なのか?

これは,大谷剛彦判事が意見で示されているとおりですので,同意見を引用いたします。

「このように民法等の改正がされたところであるが,損害賠償規定の民法714条1項の責任主体に関する規定には何らの変更は加えられなかったところであり,従前の解釈との連続性という観点からすると,基本的に,成年被後見人の身上監護事務を行う成年後見人が選任されていれば,その成年後見人が「法定の監督義務者」に当たる者として想定されていると解される。仮に,身上監護を行う成年後見人が監督義務者に該当せず,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律における保護(義務)者制度も改められて監督義務者たりえないとすれば,平成11年改正(及び16年改正)において民法714条の責任主体規定は従前どおり維持されながら,およそ実定法上の法定の監督義務者が想定されない意味に乏しい規定として存置されたことになり,また,実定法上の監督義務者が存しないにもかかわらず,これに「準ずべきもの」や同条2項のこれに「代わって監督義務を行う者」が存するという,分かりにくい構造の規定となる。従前との連続性を踏まえて解釈しないと,上記2の同条の趣旨が没却されかねないと考えられる。」

 

つまり,多数意見の論理に従った場合,精神上の障害による責任無能力者について,成年後見人は直ちには「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に該当しないことになりますが,では,具体的にどのような者が「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」当たるのかと問われると,これがはっきりしません。

もちろん,今後の裁判例の積み重ねによって,この点は明らかになるのかもしれませんが……。

 

 

 

■まとめ 

以上,色々と書きましたが,今回の判決が実務に及ぼす影響は小さくないと考えられます。調査官解説や,研究者の先生方のご論考が待たれます。 

 

 

 

■関連する拙稿

成年後見の申立てを取り下げることはできますか?
http://milight-partners-law.hatenablog.com/entry/2015/08/13/104649

 

 

 

■追記(2016/03/09)

本稿でもご論考を引用させていただいた東大の米村滋人先生による本判決に対する批評が公開されました。 

webronza.asahi.com

 

尚,米村先生は,法学教室でも解説を書かれています(法教429号50頁〔2016年〕)。

 

 

 

■追記(2016/07/23)

判例タイムズ1425号126頁(2016年)に匿名解説が掲載されました。  

 

 

 

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*1:責任能力という概念は刑法等にも登場するものですが,ここで問題になっている民法責任能力とは「行為の責任を弁識するに足りる知能」,すなわち,「法律上責任があることを弁識するに足るべき知能」を意味すると理解されています。また「そこにいうところの法律上の責任があることの認識とは,なんらかの法律上の責任が生じることについての認識という緩やかな意味で解されている。」とされています。潮見佳男『不法行為法1』(信山社,第2版,2009年)396頁,399頁。

*2:主張・立証責任の話は度外視しています。

*3:正確には,最高裁は,両名について「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に該当しないと判断しただけでなく,「法定の監督義務者に準ずべき者」にも該当せず,民法714条1項を類推適用することもできない,としています。

*4:今回の判決は,あくまで認知症などの精神上の障害によって責任無能力になった方が起こした事件のみを対象としています。本判決の射程は,未成年者が起こした事件については及ばないと考えられます。

*5:但し,前掲・潮見423頁のように有力な異論は唱えられていました。

*6:例えば,後述の名古屋地判平成25年8月9日判時2202号68頁は明確に「事実上の監督者」という言葉を用いています。

*7:大澤逸平「不法行為成立要件論の展開と責任能力」論究ジュリ16号35頁(2016年)。

*8:尚,控訴審の名古屋高判平成26年4月24日判時2223号25頁は,事実上の監督者論を採用しませんでした。

*9:米村滋人「認知症高齢者の行為につき,配偶者に民法714条の監督義務者責任を認めた事例」判評677号121頁。

*10:前田陽一認知症高齢者による鉄道事故と近親者の責任(JR東海事件)」論究ジュリ16号22頁(2016年)。

*11:窪田充見「責任能力と監督義務者の責任 ――現行法制度の抱える問題と制度設計のあり方」別冊NBL155号94頁(2015年)。