竟成法律事務所のブログ

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【契約法・民事執行法】NHK事件最高裁大法廷判決 ――特に受信料債権発生範囲について

■今回のテーマ

昨日,最高裁大法廷は,NHKが受信設備設置者(但し,受信契約は未締結していない者)に対して受信料の支払いを求めた事案について,判決を言い渡しました。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87281

【判示事項】

  1. 放送法64条1項は,受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり,日本放送協会からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には,その者に対して承諾の意思表示を命ずる判決の確定によって受信契約が成立する
  2. 放送法64条1項は,同法に定められた日本放送協会の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして,憲法13条,21条,29条に違反しない
  3. 受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する
  4. 受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権の消滅時効は,受信契約成立時から進行する

 

最高裁大法廷は,上述のように,大きく分けて4つの事項について判示しました。

このうち,今回の記事では,3つ目の判示事項――すなわち,受信契約の申し込みに対する承諾の意思表示を命じる判決が確定した場合の受信料債権の発生範囲――について,簡単に言及したいと思います。

 

もう少し具体的に説明します。

 

この点について,多数意見は,「受信料債権は遡及的に受信設備設置月から発生する」としました。 

 しかし,反対意見は,「受信料債権が遡及的に受信設備設置月から発生することはない」としました。

 

 

多数意見と反対意見の差は,どこで生じたのでしょうか?

 また,反対意見によれば,契約が成立前の受信料は全く支払わなくて良いのでしょうか?

 

今回は,これらの点について,簡単に説明します。

 

 

ちなみに,今回,大きく問題となった条文は放送法64条1項です。

(受信契約及び受信料)
第六十四条

 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。
 協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない。
 協会は、第1項の契約の条項については、あらかじめ、総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
 協会の放送を受信し、その内容に変更を加えないで同時にその再放送をする放送は、これを協会の放送とみなして前3項の規定を適用する。

 

 

 

■判決文 

受信料債権の発生範囲について,多数意見は次のように述べます(尚,引用文中の太字は引用者によります。)。

「放送受信規約には,前記のとおり,受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項(第1の2(1)キ(イ))がある。」

 

「前記のとおり,受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うものといえる。」

 

「したがって,上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。

 

 

これに対し,大阪弁護士会出身の木内道祥裁判官反対意見で次のように述べます(尚,引用文中の太字は引用者によります。)。 

「多数意見は,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する理由を,受信契約の締結を速やかに行った者と遅延した者の間の公平性に求めるが,これは,受信契約が任意に締結される限り受信料支払義務の始点を受信設備設置の月からとすることの合理性の理由にはなるものの,放送法の定めが判決が承諾を命じうる要件を備えたものとなっていることの理由になるものではない。」


「契約の成立時を遡及させることができない以上,判決が契約前の時期の受信料の支払義務を生じさせるとすれば,それは,承諾の意思表示を命ずるのではなく義務負担を命ずることになる。」

 

「これは,放送法が契約締結の義務を定めたものではあるが受信料支払義務を定めたものではないことに矛盾するものである。」

 

 

 

木内裁判官の反対意見に対しては,小池裕裁判官菅野博之裁判官による再反論(補足意見)が為されています(尚,引用文中の太字は引用者によります。)。 

「私たちは,多数意見に賛同するものであるが,放送法64条1項の意義に関し,木内裁判官が反対意見で触れられている点について,補足的に意見を述べておきたい。」


「多数意見が,民事執行法174条1項本文により承諾の意思表示を命ずる判決の確定時に受信契約が成立するとしつつ,受信設備の設置の月からの受信料を支払う義務が生ずるものとしていることについて,問題がある旨の指摘がされているが,この点については,岡部裁判官の補足意見で述べられているとおり,上記判決の確定により『受信設備を設置した月からの受信料を支払う義務を負うという内容の契約』が,上記判決の確定の時(意思表示の合致の時)に成立するのであって,受信設備の設置という過去の時点における承諾を命じたり,承諾の効力発生時期を遡及させたりするものではない。

 

「放送受信規約第4条第1項は,上記のような趣旨と解されるのであり,承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約を成立させることの障害になるものではない。」

 

 

■説明

木内反対意見と,多数意見の差違は,要するに,放送受信規約の内容が民事執行法174条1項に基づいて強制することが許される内容になっているか,という点に帰着します。

 

そして,本件において,民事執行法174条1項によって強制される意思表示の内容に,放送受信規約が取り込まれることについては争いはありません。

なぜならば,受信契約の内容は,放送受信契約によって定められることになっており,放送受信規約は放送法64条1項の趣旨を具体化したものと解されるからです。

 

問題は,その取り込まれた放送受信規約の内容,特に4条1項と第5条1項の内容が民事執行法174条1項と矛盾しないものと解することができるか,という点にあります。

 

日本放送協会放送受信規約
(放送受信契約の成立)
第4条第1項
放送受信契約は、受信機の設置の日に成立するものとする。

 

(放送受信料支払いの義務)
第5条第1項
放送受信契約者は、受信機の設置の月から第9条第2項の規定により解約となった月の前月(受信機を設置した月に解約となった放送受信契約者については、当該月とする。)まで、1の放送受信契約につき、その種別および支払区分に従い、次の表に掲げる額の放送受信料(消費税および地方消費税を含む。)を支払わなければならない。(後略)

 

民事執行法
(意思表示の擬制
第174条第1項
意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾、調停若しくは労働審判に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす。ただし、債務者の意思表示が、債権者の証明すべき事実の到来に係るときは第二十七条第一項の規定により執行文が付与された時に、反対給付との引換え又は債務の履行その他の債務者の証明すべき事実のないことに係るときは次項又は第三項の規定により執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなす。

※太字は引用者によります。

 

この点について,誤解を恐れずに説明しますと,多数意見は,

  1. 民事執行法174条1項に基づいて強制される意思表示の内容には放送受信規約4条1項と5条1項が含まれる(但し,多数意見は明示的には5条1項だけを根拠としています。)。
  2. 放送受信規約4条1項と5条1項を併せて理解すれば,「受信料債権が受信機設置の日から発生すること」について,「判決確定時」に合意したとみなすことができる。言い換えれば,放送受信規約4条1項は,受信機設置日に契約が成立したことに固執する規定ではない。
  3. したがって,放送法64条1項が定める契約締結を民事執行法174条1項で強制することは可能であり,受信料債権は遡及的に発生する。

とします。

 

 

他方,この点について,木内反対意見は,

  1. 放送受信規約4条1項は,放送受信契約が「受信機設置の日に成立する」と明言している。放送受信規約4条1項は,これ以外の意味に解することはできない。
  2. 他方,民事執行法174条1項は,「債務者は,その確定……の時に意思表示をしたものとみなす。」と明言している。つまり,同条項によって意思表示を擬制した場合,契約が成立するのは「判決確定時」となる。
  3. したがって,放送受信規約4条1項(契約成立日=受信機設置日)と民事執行法174条1項(契約成立日=判決確定時)は矛盾する。
  4. よって,放送法64条1項が定める契約締結を民事執行法174条1項で強制することはできず,受信料債権が遡及的に発生することはない。

 とします。

 

 

このように,多数意見と木内反対意見の差違の原因の1つは,放送受信規約4条1項をどのように解するか,という点にあります。

多数意見は4条1項をかなり柔軟に解するのに対し, 木内反対意見は文言を素直に解します。

 

 

ちなみに,注意すべきは,木内反対意見は,民事執行法174条1項で放送法64条1項が定める契約締結を強制することができない(そのため「受信料債権」が遡及的に発生することはない。)と述べているだけで,契約成立まで受信機設置以降の受信料相当額のお金を全く支払わなくて良いと言っているわけではない,ということです。

 

この点について,木内反対意見は,次のように述べています(太字は引用者によります。)。

 「放送法64条1項の定める受信契約の締結義務が判決により強制できないものであることは,なんら法的効力を有しないということではない。」


「受信契約により生ずる受信料が原告の運営を支える財源であり,これが,原告について定める放送法の趣旨に由来することから契約締結義務が定められているのであるから,受信設備を設置する者に受信契約の締結義務が課せられていることは,『受信契約を締結せずに受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態が生じない』ことを原告の利益として法が認めているのであり,この原告の利益は『法律上保護される利益』(民法709条)ということができる。」

 

受信契約の締結なく受信設備を設置することは,この利益を侵害することになり,それに故意過失があれば,不法行為が成立し,それによって原告に生ずる損害については,受信設備設置者に損害賠償責任が認められると解される。」


「同様に『受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態となること』は,受信設備設置者にとって,原告の役務による利益であり,受信契約という法律上の原因を欠くものである。」

 

それによって原告に及ぼされる損失については,受信設備設置者の不当利得返還義務が認められると解される。

 

 

尚,この木内反対意見の論理に対しては,小池=菅野補足意見で,次のような問題点が指摘されています。

「さらに,不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を認めるとの考え方が示されているところ,このような構成は,受信契約の締結に応じない受信設備設置者からも受信料に相当する額を徴収することができるようにするためのものであると考えられる。」

 

「しかし,不当利得構成については,受信設備を設置することから直ちにその設置者に受信料相当額の利得が生じるといえるのか疑問である上,受信契約の成立を前提とせずに原告にこれに対応する損失が生じているとするのは困難であろう。」

 

不法行為構成については,受信設備の設置行為をもって原告に対する加
害行為と捉えるものといえ,公共放送の目的や性質にそぐわない法律構成ではなかろうか。」

 

「また,上記のような構成が認められるものとすると,任意の受信契約の締結がなくても受信料相当額を収受することができることになり,放送法64条1項が受信契約の締結によって受信料が支払われるものとした趣旨に反するように思われる。」 

 

 

 

最高裁大法廷判決(の一部) の内容は上記のとおりです。

要するに,テレビを設置したのにNHK受信料を支払わないのはダメ,ということです。

 

 

 

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