竟成法律事務所のブログ

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成年後見の申立てを取り下げることはできますか?

 ■今回のテーマ

「夫の認知症が進んできたので,銀行に勧められるまま,成年後見の申立てをお願いしたのですが,こんな制度とは知りませんでした。 申立てを撤回(取消し)したいのですが,可能ですか……?」

 

というわけで,今回のテーマは成年後見開始の申立ての取下げの可否」です。

 

法務省成年後見制度~成年後見登記制度~
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html

  

裁判所|成年後見制度に関する審判
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_02_2/

 

 

 

■結論

審判がされる前に*1家庭裁判所の「許可」を得られれば,成年後見開始の申立てを取り下げることはできます。

 

実は,旧法(家事審判法 )の時代は,取下げに関する明文規定がありませんでした。そのため,取下げの可否については議論がありました*2

しかし,現行法(家事事件手続法)になったときに,以下のような規定が設けられましたので,成年後見開始の申立てを取り下げるには家庭裁判所の許可が必要なことが明らかになりました(家事事件手続法121条1号)。

  

(家事審判の申立ての取下げ)
家事事件手続法第82条第1項
 家事審判の申立ては、特別の定めがある場合を除き、審判があるまで、その全部又は一部を取り下げることができる。

  

(申立ての取下げの制限)
家事事件手続法第121条
 次に掲げる申立ては、審判がされる前であっても、家庭裁判所の許可を得なければ、取り下げることができない。
一  後見開始の申立て
二  民法第843条第2項 の規定による成年後見人の選任の申立て
三  民法第845条 の規定により選任の請求をしなければならない者による同法第843条第3項の規定による成年後見人の選任の申立て 

 

(申立ての取下げの理由の明示等・法第121条)
家事事件手続規則第78条
1 法第121条各号に掲げる申立ての取下げをするときは、取下げの理由を明らかにしなければならない。
2 前項の取下げについては、第52条第1項の規定は、適用しない。
3 法第121条の許可があったときは、裁判所書記官は、その旨を当事者及び利害関係参加人に通知しなければならない。

 

 

■説明

家事事件手続法が許可を必要とした理由の1つは,申立人の都合で本人(認知能力に問題がある人のことです)の保護が図られないという事態を回避するという点にあります。

 

すなわち,旧法時代には

「申立人が自己が推薦した成年後見人等候補者(申立人自身を含む。)に固執し,これが成年後見人等に選任される見込みがなくなると,本人の身上監護や財産管理上成年後見人等を選任する必要がある場合であっても,取り下げてしまう」*3

という事例が散見されたのです。

 

この点について,旧法時代のある裁判例は次のように指摘していました。*4

「法に定められた者の申立てに基づく審理の結果、例えば、本人に精神障害が認められ、その程度が重度で、回復の可能性はなく、自己の財産を管理・処分する能力がないとする鑑定の結果が得られた後、あるいは後見開始の審判の要件が具備されているとして後見開始の審判がされた後、その確定前に、申立てが取り下げられるような場合に、家庭裁判所として、そのような本人に成年後見制度による保護をしないことは相当ではないと考えることも理解し得るところであり、実務において、上記のような段階に至って取下げがされるのは、家庭裁判所によって選任される予定、あるいは現実に審判で選任された成年後見人が、申立人が希望した者と異なり、申立人が思いのとおりに本人の財産を管理することができなくなることが動機であると推認される場合が少なくないことを思うと、その感は一層深くなる。」

 

「しかし、金融機関等に勧められて制度を十分理解しないまま申立てをしたが、後見開始の効果が重大なことを知ったから、費用負担ができないから、親族間で意見が合致しないから、鑑定の結果要件を具備しないことが明らかになったから等の理由で取下げがされる場合も少なくないのであって、そのような場合にも一切取下げを認めないのも適切ではない。」

 

「このように、取下げがされる理由、動機は種々多様であり、その理由、動機が的確に判明しないことも少なからずあることも当裁判所に顕著であるから、取下げの時期や理由、動機の如何によって個々の事件ごとに取下げを認める場合と認めない場合とを区別する解釈(権利濫用、信義則違反等の法理により例外的に取下げを認めないとする場合を含む。)は、現実には、裁判所にとってその判断を困難なものとし、当事者にとって手続が継続するかしないかという根本的な点を予測し難いものとするばかりでなく、成年後見制度の運用を不安定とするおそれがある等の事情を考え合わせると、取下げの時期や理由、動機の如何により取下げを認める場合と認めない場合を区別する解釈は相当ではない。」

 

成年後見制度により保護する必要があると認められる本人について、後見開始審判の申立てが取り下げられることにより保護ができない状態となるのを防ぐためには、検察官による申立てを活用するなど現行法の運用により対応することが考えられるほか、抜本的には、一定の時期(手続の段階)以後は取り下げることをできないものとするなどの立法措置によるべきである。

 

このような経緯があったために,家事事件手続法は,成年後見開始の申立ての取下げには,家庭裁判所の許可が必要であるとしたのです。

 

尚,申立ての取下げをする場合には,取下げの理由を明らかにしなければなりませんので(家事事件手続規則78条1項),ご注意ください。

法的に妥当な理由である必要がありますので,成年後見開始の申立てを取り下げられる場合は,お近くの弁護士に相談された方が良いのではないかと思われます。

 

 

 

■備考 

ちなみに,同族会社の代表者や投資家の方に認知症の「おそれ」が生じた場合は,成年後見ではなく,家族信託(民事信託)を利用した方が良い場合もあります。

 

なぜならば,代表者や投資家の方の場合,他のご家族等でその財産を「積極的」に活用していく必要があるにもかかわらず,成年後見では実際に許される財産処分に制限があり,積極的な活用が困難である場合が少なくないからです。

 

ちなみに,信託の設定は,信託銀行以外でも可能です。

特に,上述のような目的の場合は,家族信託(民事信託)として他のご家族等が受託者になり得る場合も多いと考えられます。

 

ただ,既に認知症が進んでしまったような状態では,直ちに信託契約を成立させることはできません。

 

詳しくは,お近くの弁護士等の専門家にご相談ください。

 

 

 

■関連サイト

裁判所|後見人等に選任された方へ

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/kokensite/koukennin_sennin/index.html 

 

 

 

■公式サイト

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*1:審判がされた後は「取り下げ」の問題ではなく,成年後見人の「辞任」(民法844条)または「解任」(民法846条)の問題となります。解任には「不正な行為、著しい不行跡その他後見の任務に適しない事由」が必要です。

*2:民法は判断能力のない者すべてについて後見開始とすべきとしているわけではないから,理論的には取下げは認められる」という見解が一般的でした(梶村太市=徳田和幸『家事事件手続法』〔有斐閣,第3版,2016年〕278-279頁)。

*3:東京家裁後見問題研究会編著「後見等開始の審判申立ての取下げについて」『東京家裁後見センターにおける成年後見制度運用の状況と課題』判タ1165号(2005年)65頁。

*4:東京高決平成16年3月30日判時1861号43頁。太字は引用者によります。