■今回のテーマ
「セックスレスは,離婚原因(離婚する理由)になるのでしょうか? それ以外の点では何の問題もないのですが……?」
今回のテーマは,「セックスレスを原因とする離婚請求(民法770条1項5号)が認められるか?」です。
■結論
セックスレスを原因とする離婚請求(民法770条1項5号)が認められることはあります。
この点については、弁護士も誤解することがあるため、弁護士向けの文献でも指摘されることがあります*1。
■説明
夫婦間で離婚の話し合いが成立しない場合に離婚を成立させようとすれば,まず,家庭裁判所の調停を申し立てる必要があります。
調停でも話合いが成立しない場合,実務上は,離婚訴訟(離婚の訴え)を提起することになります(実務上,離婚審判はほとんど使われていません。)。
そして,この離婚の訴えは,民法770条1項が定める5つの事由のうち,どれかが存在する場合のみ認められます。つまり,わが国の民法は裁判による離婚が可能な場合を限定しているのです。
(裁判上の離婚)
民法第770条
1 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2 裁判所は、前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
民法770条1項1号~4号が,セックスレスを対象としていないことは明らかです。
したがって,セックスレスを理由とする離婚の訴えが認められるためには,セックスレスが民法770条1項5号「婚姻を継続し難い重大な事由」*2に該当すると言える必要があります。
結論から言えば,この点について,裁判所は,セックスレスは「婚姻を継続し難い重大な事由」を認定する上で重要な要素になるとしています。
まず,最高裁は,夫婦の性生活は「婚姻の基本となるべき重要事項である」としています。*3
また,下級審裁判例もセックスレスが「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当することを肯定しています。
例えば,ある裁判例は,次のような規範を判示しています(太字は引用者によります。)。
「民法770条1項5号の『その他、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき』に該当するかにつき検討するに、『婚姻を継続し難い重大な事由』とは、婚姻中における両当事者の行為や態度、婚姻継続の意思の有無など、当該の婚姻関係にあらわれた一切の事情からみて、婚姻関係が深刻に破綻し、婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込がない場合をいい、婚姻が男女の精神的・肉体的結合であり、そこにおける性関係の重要性に鑑みれば、病気や老齢などの理由から性関係を重視しない当事者間の合意があるような特段の事情のない限り、婚姻後長年にわたり性交渉のないことは、原則として、婚姻を継続し難い重大な事由に該るというべきである。」。*4
次の問題は,「どれくらいの期間,セックスレスであれば『婚姻を継続し難い重大な事由』に当たるのか?」ということですが,この点について,一般的な基準を示した裁判例は知られていません(たまに「3年間,セックスレスならOK」というような回答をしておられる一般人の方がおられますが,そのような確たる基準はありません。)。
ある裁判例は,昭和63年9月に結婚した夫婦について,次のように判示しています。ただ,やや特殊な事案です。
「被控訴人と控訴人との性交渉は入籍後約5か月内に2、3回程度と極端に少なく、平成2年2月以降は全く性交渉がない状態であるのに、反面控訴人自身はポルノビデオを見て自慰行為をしているのであって、性生活に関する控訴人の態度は、正常な夫婦の性生活からすると異常」*5
セックスレスを理由とする離婚請求(特にセックスレスが離婚を求める中心的な理由である離婚請求)の場合に,注意すべき点は2つあります。
第1は,ネット上で紹介されている裁判例を参考にする場合はできる限り,原典に当たる必要があるということです。
なぜならば,セックスレスを主たる理由として「婚姻を継続し難い重大な事由」を認めた裁判例は少ないからです。
ネット上で紹介されている裁判例(特に知恵袋で紹介されている裁判例)は,実は慰謝料請求の事件において裁判所が認定した事実を紹介しているものであったり,当事者双方が離婚を求める訴えを提起したものであったりします。*6
第2は,セックスレスを理由とする「婚姻を継続し難い重大な事由」を認定する際には慎重であるべきとする裁判官の指摘があるということです。
「婚姻が男女の精神的,肉体的結合であり,そこにおける性関係の重要性に鑑みれば,病気,老齢などの理由により性関係を重視しない当事者間の合意があるなどの特段の事情のない限り,夫婦間の性的不能・拒否あるいは性的異常が原則として婚姻を継続し難い重大な事由に該当することは異論のないところと思われる。」
「しかしながら,婚姻における夫婦の関係は,世の中にある夫婦の数だけその有り方が異なり,まさにケイス・バイ・ケイスの姿勢で事案の解明に努める必要があるのであって,夫婦の関係を静態的なものと錯覚し,外見上目につき易い行動や状況を取り上げてこれを既存のパターンに無理に当てはめることは厳に慎むべきことである。」*7
このような考え方を踏まえた上で、ある下級審裁判例は次のように指摘します。
「ところで、原告は、被告との婚姻生活において性交渉の欠如を裁判離婚原因として主張してはいるが、証拠上認められる被告の性格及び原告に対する生活態度に照らすと、その主張は、肉体的なつながりを問題としているよりはむしろ、性交渉を通じて夫である被告との精神的つながりをより深めることにより、幸福な家庭生活を営みたいという原告の希望を、被告が全く叶えようとしないことを、より物理的にかつ明確に主張しようとしたものと理解できる。そうすると、被告の性的不能の点と、被告の性格及び原告に対する生活態度の点とは、区別して考えるべきものではなく、全体を一括して検討、評価すべきものといえる。
本件の場合、原告が、被告の性的不能状態に対し妻としてどの程度その改善に向けて寄与ないし努力をしたかについては、証拠上今一つ判然としない。しかしながら、仮に原告による寄与ないし努力がほとんど見られなかったとしても、原告が被告に対して有する感情が極めて悪い状況にあることは証拠上明らかであって、それ故に、原被告間の婚姻関係は完全に破綻していると認められること、そして、その原因は、被告の前記のような性格に加えて、被告が、原告を妻として処遇するには配慮を欠く生活態度を見せ続けたことにあることもまた認定できるのであって、もはや、原告が被告の性的不能の改善に寄与ないし努力をしたか否かを問題にする必要はないといえる。」*8
尚,余談ですが,夫婦間にはセックスに協力する義務があると明示した裁判例もあります(但し,不法行為に基づく損害賠償請求の事案です。)。
「婚姻中の夫婦にとって,性生活は,互いの愛情を確かめ,子を持つことにもつながる極めて重要な要素であり,夫婦の一方は,それぞれ他方に対し,性交渉を行うことに協力すべき一般的義務を負うということができる。
したがって,夫婦の一方が性交渉を開始したにもかかわらず,他方が合理的な理由もなくこれに応じないことは,上記協力義務への違反であり,不法行為を構成する。
しかし,夫婦の双方がともに性交渉を開始しない場合においては,原則として,いずれか一方にのみ性交渉を開始すべき義務が生じると解することはできず,例外的に,夫婦の一方に自ら性交渉を開始することができない客観的事情があり,他方に対して性交渉の開始を求めたにもかかわらず,他方が合理的な理由もなく性交渉を開始しないといった特段の事情が認められる場合に限り,他方が性交渉を開始しないことが上記協力義務に違反するものとして不法行為を構成すると解するのが相当である。」*9
■参考
セックスレスでも幸せ 拒まれた僕は…全否定された気分(朝日新聞) - WEB新書 - 朝日新聞社(Astand)
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahi/asahishimbun/product/2015100500001.html?iref=recd
■公式サイト
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*1:藤代浩則ほか『失敗事例でわかる! 離婚事件のゴールデンルール30』(学陽書房、2021年)52頁以下
*2:判例(最大判昭和62年9月2日民集41巻6号1423頁)よれば,「婚姻を継続し難い重大な事由」とは「夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなった場合」を意味します。
*3:最判昭和37年2月6日民集16巻206頁。尚,近時の裁判例としては,東京地判平成29年8月18日判タ1471号237頁も参照。
*4:京都地判昭和62年5月12日判時1259号92頁。
*5:福岡高判平成5年3月18日判タ827号270頁。本判決は,「婚姻を継続し難い重大な事由」を認定する1つの要素として,夫婦間の性交渉の少なさを指摘しました。但し,本件の夫については,妻とはセックスをしないものの,ほとんど毎日,深夜にポルノビデオを見て自慰行為をしていたという事実が認定されていますので,本件は直ちには一般化できないと思われます。
*6:この場合,婚姻を継続し難い事由が存在することは明らかであるため,セックスレスの審理に立入るまでもなく離婚が成立します。
*7:山野井勇作「判批」判タ852号127頁(1994年)。
*8:東京地判平成16年5月27日(平成15年(タ)80号)公刊物未登載。