竟成法律事務所のブログ

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訴訟を提起すること自体が違法(不当提訴)になる場合って,どんなときですか?

■今回のテーマ

いわゆる「不当提訴」や「スラップ訴訟」と呼ばれる訴訟提起が行われたとして,訴訟を提起した原告*1に慰謝料の支払いが命じられた,というニュースに接しました。

 

長野・太陽光発電所:批判封じの提訴、正当性欠く - 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20151029k0000m040186000c.html
「長野県伊那市の大規模太陽光発電所の建設計画が反対運動で縮小を余儀なくされたとして、設置会社が住民男性(66)に6000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、長野地裁伊那支部であり、望月千広裁判官は請求を棄却した。」
「さらに望月裁判官は、男性が『反対意見を抑え込むための提訴だ』として同社に慰謝料200万円を求めた反訴について、『会社側の提訴は裁判制度に照らして著しく正当性を欠く』と判断し、同社に慰謝料50万円の支払いを命じた」

 

スラップ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/スラップ

 

 

 

というわけで,今回のテーマは,「訴訟提起が不当になるのは,どんなとき?」です。

 

 

 

最高裁の考え方 

実は,このテーマについては関連する判例があり,最高裁は次のように述べています*2

少し長いのですが,引用します(太字や下線は引用者によります。)。

「法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたつては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがつて、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによつて、直ちに当該訴えの提起をもつて違法ということはできないというべきである。


「一方、訴えを提起された者にとつては、応訴を強いられ、そのために、弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることのあるのもやむをえないところである。

 

「以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。」

 

この事件では,最高裁は,不当提訴が成立する場合を「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる」としており,かなり限定的に捉えています *3

 

そして,この考え方は,その後の最高裁判決でも踏襲されており,判例上定着したものと評価することができます*4

 

そのため,実際に,最高裁が不当提訴を明示的に認定した事例は一般的には知られていません(多分ですが(笑))*5

 

 

これらの点を踏まえますと,冒頭でご紹介した判決は不当提訴を認めたものですから,珍しいものと言えます。

 

 

ここから先は少し専門的な話になります。

判決文に下線を引いておきましたが,上掲の判例は,敗訴判決の存在を前提としています。そのため,この判例の射程は必ずしも広いわけではありません。

この点について,本判決を担当した瀬戸正義調査官は,次のように述べています。

「本件の事案は前訴についてY敗訴の確定判決の存在する場合であるので,本判決は『民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合』について,提訴が不法行為となる場合がいかなる場合であるかを判断している。したがって,提訴者が前訴において勝訴判決を受けた場合における不法行為の成否の問題は除外されている。」*6

 

また,今回のテーマから少し離れますが,京大の潮見佳男先生は,不当提訴の法的性質について次のように説明されています。

「訴えの提起は,相手方に対する『訴訟にかかわらしめられないという法律生活の平穏ないし自由』を侵害することにもなる。」


「その意味では,不当提訴の不法行為は,平穏生活権を侵害する不法行為だということになる(事件しだいでは,名誉毀損の成立も問題となる)。」*7

 

 

 

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*1:正確には「反訴被告」です。

*2:最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁。

*3:判例が定立した要件の理解については争いがあります。この点について,例えば,吉井隆平判事は「その判断内容に照らすと,不法行為の成立要件として違法性を要求する立場を前提として,訴えの提起は原則として適法なものであることから,これが違法となる場合を例示したものであり,その判断においては,主張した権利関係等が事実的,法律的根拠を欠くという客観的事情とそのことを提訴者が知っていたか,容易に知り得たなどという主観的事情を相関的に考慮する立場を示したものとみるべきであろう」と指摘されています。

*4:松下淳一「訴え提起が不法行為となる場合」判タ1361号54頁(2012年)。

*5:但し,最判平成22年7月9日集民234号207頁は,不当提訴に当たらず不法行為は成立しないとした原審を破棄しています。

*6:最高裁判所判例解説 民事篇 昭和63年度』11頁以下。

*7:潮見佳男『不法行為1』(信山社,第2版,2009年)190頁以下。