竟成法律事務所のブログ

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【刑事】藤井浩人・前美濃加茂市長の無罪,有罪の分かれ目,そして証人汚染の問題

■今回のテーマ

昨日,以下のようなニュースに接しました。

美濃加茂市長、辞職へ 受託収賄罪で有罪確定の見通し:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASKDF454RKDFUTIL01S.html?iref=pc_rellink

 「岐阜県美濃加茂市の浄水施設設置をめぐり、現金30万円を受け取ったとして、受託収賄などの罪に問われた同市長の藤井浩人被告(33)を懲役1年6カ月執行猶予3年、追徴金30万円とした二審判決が確定する。最高裁第三小法廷(山崎敏充裁判長)が11日付の決定で、藤井被告の上告を棄却した。」

 

【藤井浩人美濃加茂市長 冤罪】 日本の刑事司法は‟真っ暗闇”だった!
http://blogos.com/article/265132/

 弁護人である郷原信郎先生による記事です。

 

この事件では, 第1審(名古屋地判平成27年3月5日)が無罪判決を出しましたが,第2審(名古屋高判平成28年11月28日)は逆転有罪判決を出しました。そして,最高裁は,藤井前市長の上告を棄却しました。

 

そこで,今回は,名古屋地裁名古屋高裁の判断の内容について,その一部を紹介したいと思います。

 

尚,あくまで,本稿は,判決文の紹介に留まり,その内容に対する批評は目的としていません。

 

 

■問題は証言の信用性でした

本件では,受託収賄罪,事前収賄罪,あっせん利得処罰法違反の罪が問題となっていました。

そして,藤井氏はこれらの起訴事実を全面的に否認していたため,裁判所は,本件の争点を以下のように整理しました。

尚,「C」は今回贈賄されたとされる人物です。

 

  1. Cから藤井氏に対する2度の現金授受の存否
  2. Cから藤井氏に対する依頼の内容及び同依頼が請託と評価できるか否か
  3. 藤井氏が市議会において浄水プラントの導入を促す質疑及び発言を行ったと認められるか否か
  4. 藤井氏の美濃加茂市の課長に対する働きかけが市議会議員としての権限に基づく影響力を行使したものといえるか否か

 

また,本件では上記争点1について,以下のような特徴がありました。

地裁の判決文を引用します。

「本件において,4月2日に飲食店Fで,4月25日に飲食店Gで,いずれも被告人がCと会食した事実及び上記各会食の席にIが同席している事実については検察官及び弁護人の間に争いはなく,関係証拠によっても明らかであることから,本件の真の争点は,Iが離席した機会にCが被告人に対して現金を交付した事実を認めることができるかという点にあることになるところ,本件各現金授受に関しては,第三者による目撃供述はなく,また,後述のとおり本件各現金授受の点を直接に基礎付ける客観的で決定的な証拠も存在しない。

 

「そうすると,本件各現金授受の事実を基礎づける証拠としては,贈賄者であるCの公判供述があるのみであるところ,被告人はそれらの機会に現金を受け取った事実を捜査段階から一貫して否認していることなどから,Cの公判供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるものといえる。」

 

 

 結論から言いますと,名古屋地裁は,大要,以下のように判断しました。

争点1の現金授受に関するCの公判供述について,信用性につき疑問があり,検察官が主張するその他の間接事実を考慮しても,現金授受のいずれについても認めるには合理的な疑いが残ることから,藤井氏は無罪である。

 

つまり,地裁は,争点1の現金授受があったとは認定できないから,藤井は無罪であるとした訳です。

他方,高裁は,争点1の現金授受を肯定しました。

 

 

この地裁と高裁の判断が分かれた原因は,Cの証言の信用性に対する評価にあります。

この点について,地裁は「信用できない」としたのに対し,高裁は「信用できる」と判断しました。

 

 

ところで,そもそも,どうすれば,証言の信用性を判断できるのでしょうか?

 

 

この点について,地裁は次のようにのべます。

「供述の信用性が大きな争点となる事件においては,信用性の吟味に際しては 供述の具体性や裏付け事実の存在等のほか,供述内容の一貫性,反対尋問にも揺らいでいないか,供述態度が真摯なものであるか,内容に迫真性があるか,虚偽の供述をする合理的な動機がないか等が判断の要素となる。」

 

その上で,地裁は,Cの証言について次のように指摘します。

確かに,「この点についてCの公判供述は,全体として具体的かつ詳細なものであり,飲食店Fにおける3人の飲食内容や飲食代金の支払状況については客観的資料の裏付けが存在する上,被告人に対して飲食店Fで交付したとする現金10万円及び飲食店Gで交付したとする現金20万円の各原資に関しても一定の裏付けも存在し,弁護人からの反対尋問にも揺らいでおらず,供述内容に矛盾を含むなど明らかに不合理な内容も見受けられない。」。

 

つまり,地裁も,Cの証言は「全体的には」問題がない,としていました。そして,高裁も,この点については是認しています。繰り返しになりますが,地裁も高裁も,Cの証言は「全体的」には信用できるとしたのです。

 

問題は,争点1の核心部分である「現金授受の場面」に関するCの証言が信用できるか否かです。ここが結論の分かれ目でした。

 

判決文をそのまま引用すると分かりにくいと思いますので,地裁と高裁の判断を表にまとめました。

 

  • 地裁は,現金授受に関するCの証言には以下に記載したような問題があり,信用できないとしました。
  • 他方,高裁は,地裁の挙げる問題点はCの証言の信用性を減殺しないとしました。そして,高裁は,Cの証言は,供述内容それ自体として信用できるものであり,状況証拠とも整合し,供述経過にも不自然な点はないとして,相当の信用性が認められると判断しました。

 

地裁 高裁
第1現金授受が為されたのは,同席者がドリンクバーに行き一時的に離席されていた際とされているところ,飲み物の種類,同席者が飲み物を持ち帰った状況,取ってきた飲み物を藤井氏に渡した際のやりとりの様子などについて,Cは説明できてない。これは,Cが,現金を交付した際の状況について具体的・詳細に説明していることと対比すると違和感がある。 地裁は第1現金授受について,ドリンクバーの飲み物の種類等について具体的な説明がないとするが,この点には全く重要な点ではないので,Cの証言の信用性とは関係がない。
ドリンクバーはCの席から数メートルの距離にあり,Cの背後に同席者がいたのであるから,Cが藤井氏に対して現金を渡したのであれば,同席者の行動を警戒したはずだが,Cはそのような行動をとっていない。 地裁は第1現金授受の際にCが同席者の行動に注意を払った形跡がないとするが,同席者は元々別の公務員に対する賄賂をCから受け取ったことがあるのであり,同席者にバレても問題ないと考えていたというCの弁解は理解できる。
Cは,当時,藤井氏と2回しか会ったことはなく,親しい関係にあった訳ではないのであるから,賄賂を渡すという犯罪行為に及ぶのであれば,緊張感や藤井氏に断られた場合の警戒感を抱いても良いはずだが,Cはこのような心情について具体的に述べていない。 地裁はCが贈賄に関する緊張感や警戒感を有していなかったとするが,Cは,別の公務員に対する賄賂のためのお金を同席者に渡したことがある者であり,心理的な抵抗感は小さかったと考えられる。
第2現金授受についても,同席者が離席した隙に為されたとされているところ,同席者が席に戻ってくるまでの様子について具体的なCの説明がないし,同席者が戻ってことないかCが注意を払った形跡もない。 地裁は第2現金授受の際に離席した同席者に対してCが注意を払っていないとするが,Cは同席者がトイレに行ったと思っていたというのであるから,ある程度の時間は戻って来ないと考えるのが自然である。
賄賂を渡すのであれば,カモフラージュしたり,素早く渡したりするはずだが,Cの説明によれば,Cの説明によれば,Cは敢えて目立つ方法で渡したことになっており,不合理である。 地裁はCが敢えて目立つ方法で賄賂を渡したのは不自然と指摘するが,本件では柱などの目隠しになるものがあった現場であり,それほど不自然な態様ではない。
Cと藤井氏の間で為された遣り取りに関するCの説明は,第1現金授受と第2現金授受でほとんど同じである。 地裁は第1現金授受と第2現金授受の際の藤井氏とCとの遣り取りが同じであるのは不自然であるとするが,個室でない場所で賄賂を渡すのであれば,手早く済ますのが通常であり,同じ内容の遣り取りが為されたとしても不自然ではない。
「以上の点に照らすと,Cの公判供述は,全体的にみて具体的かつ詳細なものといえるとしても,本件各現金授受という本件の核心的な場面について具体的で臨場感を伴う供述がなされていると評価することはできない。」  

 

 

Cの証言の信用性について,高裁は,総括として,次のように述べました(一部形式的な表記方法を変えています。)。

「以上,述べたとおりであって,Cの証言は,具体的かつ詳細で,その内容に特に不合理な点は見当たらず,弁護人からの反対尋問にも揺らいでおらず,各現金授受と関係する情況証拠とも整合的であり,Q証言等により認められる捜査段階の供述経過に照らしても,自己の記憶に従って供述したものと認められる。」

 

「原判決は,Cのような会社経営の経験があり,金融機関に対する数億円の融資詐欺を行うことができる能力を有する者がその気になれば,内容の真偽にかかわらず,法廷で具体的かつ詳細な体裁を整えた供述をすることは困難ではないこと,原審証人尋問に臨むに当たり検察官との間で相当入念な打合せをしていることから,客観的資料と矛盾なく,具体的かつ詳細で,不自然かつ不合理な点がない供述となるのは自然であるという。」

 

「しかし,原判決のこの指摘は今や受け容れ難い。多額の融資詐欺を行ったCであっても,常に虚偽を述べるとは限らないし,関係する諸事実と整合的に虚偽の話を作り上げるのは相当困難であろう。」

 

「後から事実を作り上げたとは考えられない事情のあることも既に指摘したとおりである。臨場感を伴う供述がなされていないとの原判決の指摘も的を射ていないことも指摘済みである。」

 

「捜査段階の供述経過も,C証言の信用性を失わせるものではないことも既に説明したとおりである。C証言と相反するRや被告人の供述も,C証言の信用性に疑問を抱かせるようなものではない。他に,その信用性を揺るがすような反対証拠も見当たらない。」


「したがって,C証言は,これを信用することができ,これによれば,各現金授受の存在を認めることができる。」


「C証言の信用性を否定し,各現金授受の存在は認められないとした原判決には,事実認定上,とりわけ証拠評価の上での論理則,経験則等に照らして不合理で是認し難い誤りがあるといわざるを得ない。」

 

 

 

■証人汚染の問題 

ところで,この名古屋高裁の事件では,いわゆる証人汚染の問題が発生しました。

以下,名古屋高裁の判決文を引用します(太字は引用者によります。)。

「なお,Cについては,当審においても事実取調べとして証人尋問を行った。」

 

「これは,弁護人が主張し,かつ,原判決も指摘するように,原審における証人尋問に際して,検察官が入念な打合せを行ったため,Cの原審公判証言が,客観的な資料と矛盾がなく,具体的かつ詳細で,不自然,不合理な点がない供述となるのは自然の成り行きと評価されたことを考慮して,職権で採用し,検察官側の事前の打合せを控えてもらって,時間が経ったとはいえ,証人自身のそのときの具体的な記憶に基づいて供述してもらおうと試みたものである。」

 

しかし,受刑中のCが,当審証言に先立ち,原判決の判決要旨に目を通したという,当裁判所としても予測しなかった事態が生じたことから,当裁判所の目論見を達成できなかった面があることは認めざるを得ない。

 

「したがって,当審におけるCの証言内容がおおむね原審公判証言と符合するものであるといった理由で,その信用性を肯定するようなことは当然差し控えるべきである。その上で検討を進めることとする。」

 

 

 

 

 

最後に,刑事裁判官として大変高名だった原田國男先生(現・弁護士)のお言葉を引用しておきます。

「これに対して事実認定は,オール・オアナッシングの判断で,その誤りは,無実の者を刑務所に入れてしまう,さらには,死刑にしてしまうという,まさに正義に反する致命的な結果を招く恐れがある。このおそろしさを心の中に感じながら裁判をしていかなければならない。」*1

 

 

尚,真実がどうだったのかは,藤井氏ご本人が一番よくご存知のはずです。

冤罪だったとすれば,これ程の無念はないと存じます。

 

 

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*1:原田國男『逆転無罪の事実認定』(勁草書房,2012年)4頁。