■今回のテーマ
「社員が企業秘密を会社から持ち出して,どこかに売ろうとしているようです。」,「退職した社員が,うちで知った営業秘密を利用してビジネスをしているようです。」……。
こうした場合,会社は,その社員に対して,どのような法的措置をとることができるのでしょうか?
今回のテーマは「企業秘密・営業秘密の不正取得・不正利用への対抗措置」です。
民事上の対抗措置,刑事上の対抗措置のそれぞれについて簡単にご説明します。
■民事上の対抗措置
民事上の対抗措置としては,大きく分けて,不正競争防止法に基づく(1)差止めと(2)損害賠償が考えられます。
【設例】
社員が,社外秘のお得意様リストのデータが入ったUSBメモリを,外部に持ち出して,ライバル企業に売却した場合。
この社員の行為は「不正競争」に該当します(不正競争防止法2条1項4号または7号)。
【差止め】
このような場合,会社は,その社員に対して,お得意様リストのデータの廃棄などを請求することができます(不正競争防止法3条)。
また,その社員とライバル企業が共犯関係であった場合は,会社は,ライバル企業に対して,お得意様リストのデータの廃棄や,お得意様リストに載っている得意先への営業活動の禁止を請求することができます。
実際にあった例としては,男性用かつらを販売する会社が,現在は独立して男性用かつらの製造・販売業を営んでいる元従業員に対して,元従業員が盗んだ顧客名簿の廃棄や,その顧客名簿に記載された顧客に対する営業活動の禁止を請求した事件があります*1。
裁判所は,この事件において,会社の請求を認め,次のような判決を下しました。
1 被告は、別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし又は郵便物を送付するなどして、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘又は理髪等同契約に付随する営業行為をしてはならない。
2 被告は、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結をしようとし又は理髪等同契約に付随するサービスの提供を求めて被告宛来店あるいは電話連絡をしてくる別紙顧客目録記載の者に対し、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘又は理髪等同契約に付随する営業行為をしてはならない。
3 被告は、別紙営業秘密目録記載の原告顧客名簿の写しを廃棄せよ。
【損害賠償】
会社は,お得意様リストを持ち出した社員やその社員と共謀したライバル企業(場合によってはライバル企業の代表取締役なども)に対して,損害賠償を請求することができます(不正競争防止法4条,民法709条,民法715条,会社法429条)。
また,不正競争防止法5条には損害の推定規定が置かれており,会社側の立証の負担が軽減されています*2。
■追記(2016/02/09)
経済産業省から『秘密情報の保護ハンドブック』というものが公開されました。
「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」を策定しました!(METI/経済産業省)
http://www.meti.go.jp/press/2015/02/20160208003/20160208003.html
■刑事上の対抗措置
社員が社外秘のお得意様リストが入った会社所有のUSBメモリを故意に持ち出したような場合は,その社員について,窃盗罪(刑法235条),横領罪(刑法252条),業務上横領罪(刑法253条),不正競争防止法上の刑罰(21条)などが問題になります*3。
また,その社員とライバル企業が共犯であった場合は,ライバル企業についても不正競争防止法違反の罪が成立する余地があります(不正競争防止法22条)。
会社としては,社員やライバル企業がこれらの犯罪行為に及んだと主張して,検察庁または警察署に告訴をすることが考えられます(刑事訴訟法230条)。
■最後に
企業秘密・営業秘密の流出は,場合によっては会社にとって死活問題になりかねません。迅速な対応が必要です。流出が判明した場合にはすぐに専門家にご相談ください。
■公式サイト
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※但し,大変恐縮ですが,無料法律相談は行なっておりません。
竟成法律事務所
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*1:大阪地判平成8年4月16日判時1588号139頁。裁判所のウェブサイトで判決文の閲覧ができます。
*2:ただし,実は,お得意様リストのような営業秘密の侵害については,算定基準が算出困難であるため,不正競争防止法5条はあまり役立ちません(小野昌延編著『新・注解 不正競争防止法(下巻)』〔青林書院,第3版,2012年〕1054頁〔松村信夫〕参照。)。商品の設計図が盗まれてライバル企業が類似品を製作・販売したような場合は,5条は有用です。
*3:尚,上掲の例と異なり,ライバル企業が,お得意様リストのコピーや,お得意様リストのデータそのものをメールなどで譲り受けた場合は,盗品等譲受罪(刑法256条)は成立しません。なぜならば,コピーは「その他財産に対する行為によって領得された物」には当たらないですし(直接領得された物はお得意様リストの原本),データは「物」ではないからです。やや古い書籍ですが,山口厚『刑法』(有斐閣,初版,平成17年)347頁以下。