竟成法律事務所のブログ

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【刑事】無罪推定って何? それは本当に無罪推定の問題ですか?

■今回のテーマ

今回のテーマは,刑事事件に関する報道などで時折登場する「無罪推定(無罪の推定)」とは何なのか? それはどういう場面で適用される原則なのか?です。

 

そのため,本稿は,特段目新しい内容をお伝えするものではありません。ただ、議論の整理につながれば幸甚です*1

 

 

 

■定義

「無罪推定」について,文献は次のように説明します。

 

「有罪の判決があるまでは被疑者、被告人は有罪ではないとされること。有罪とするための挙証責任は捜査機関や検察官が負うとする挙証責任法則を意味する。」*2

 

「犯罪の嫌疑を受けている被疑者や,公訴を提起されて裁判所の審理を受けている被告人は,裁判所が有罪判決を下すまでは『罪を犯していないもの』として扱われなければならないという原則。フランス人権宣言で初めて明文化された。自由権規約14条2項もこれを認めている。この原則から,疑わしきは被告人の利益にという原則,すなわち検察官が挙証責任を負うという規範が導かれる。また,被疑者・被告人も,有罪判決を受けるまでは無辜の市民として扱われるべきだという政策的観念も,この原則による。」*3

 

「被告人は無罪と推定される」という法格言は,「国際人権宣言11条などにも現われているが、その内容は明確でなく、種々の異なった意味に用いられる。本文の意味の外に、被告人に対しては、有罪判決があるまで、できるだけ強制をさけ、罪のない人のように叮重に取り扱わなければならないという意味や、被告人は、公判のとき、一応の有罪の立証がなされない限り、証拠を提出する義務はないという意味などがある。」*4

 

「被疑者・被告人には,『無罪の推定』が妥当する。すなわち,手続の全過程において,可能なかぎりー般の市民と同じように扱われなければならない。たしかに,被疑者・被告人は,捜査機関ないし訴追機関から罪を犯したものとして嫌疑をかけられた者であるが,そもそも刑事手続の目的は,その真偽を確認することにあるのであるから,その過程において(有罪判決が確定するまでは)同人を『犯人』扱いすることはできない。もちろん,被疑者や被告人は,刑事手続上,逮捕・勾留をはじめとする様々な処分の対象となり得るが,それに伴う権利・利益の制約は必要最低限にとどめられなければならない。 」*5

 

 

 

■「無罪推定」という言葉の曖昧性に対する批判

この「無罪推定」について,故・渥美東洋先生は「弾劾主義とか適正手続とか(6) ――無罪推(仮)定の周辺――」(判タ498号〔1983年〕7頁)で,次のように指摘されます。興味深いご指摘ですので,やや長くなりますが,引用いたします(太字や青字は引用者によります。)。

「『被告人は有罪判決を言い渡されるまでは、無実な者だと扱われる』。無罪推(仮)定の原則は、このように簡潔に表現される。だが、この表現は、それが適用される領域を限定しないと、実に納得のいかない不合理な内容をもつことにもなりかねない。」

 

「被害者が加害者たる被告人の違法行為を現認し、その害悪に晒されながら、被告人を公けに非難することが、この原則によって阻止されてしまってよいであろうか。よいはずはない。ある職場に犯罪者を雇用しておくことが、およそ不適当である場合に、使用者が懲戒や解雇の理由に犯行を挙げるのは、被告人への有罪判決が言い渡されるまで待つべきだというのが原則だとされるのが妥当であるはずがない。」

 

一般国民、一般の読者に関心の高い犯罪を報道し、一定の立場から犯行者に対して非難を加えることは、犯行者が有罪判決を受けるまで待つのが原則だとされるのも妥当であるはずはない。」*6


「刑罰法規に当るとされる行為への注会的非難度は高く、したがって、犯行への社会一般の関心は高く、強い。それなのに犯罪についての公の評価はすべて有罪判決待ちでなければならないのに対して、刑罰法規には当らない程度の反社会的行為についてのの評価は、その行為に対する刑事裁判などといったものはないので、その行為がなされた直後から許されるとしたのでは、バランスを失するのは明らかである。犯罪にいたらない程度の議員の非行について、議院が審議懲戒したりするのは、議院自らの独自の事実調査によれば足りるのに、犯罪に当るほどの重大な非行については、議院は自らの調査をやめて、すべてを裁判所に委ねるというのも、果たして均衡がとれているといえるであろうか。」


そこで、これらの問題は、実は無罪推定の原則という標題の下で論すべきではないのである。報道の自由の限界と名誉毀損の成否の問題とか、議院の自律権や国政調査権と議員特権や司法権との調整の問題とか、報道の自由の限界と司法の機能妨害の成否の問題とかに区分して、検討されるべきものなのである。」*7

 

 

「このように、無罪仮定の原則は、公判の構造を律する原則以下のものでもなければ、それ以上のものでもない。世間の疑惑や不信を封じ込める呪術上の護符ではない。起訴をされたら、被告人への種々の角度からの批判は、ただ唯一刑事裁判における判決によって行われ、刑事裁判の裁判官や陪審以外は被告人の行為について吟味を加えることが許されなくなるわけではないのである。」

 

「刑事裁判では、被告人は無罪だとの仮定に立って立証・事実認定が進められるのだから、被告人、無罪だという新聞などのキャンペーンは許されるが、その逆は許されないといったものでもないことも、上述のところからお判りいただけたと思う。有罪に向けてであれ、無罪に向けてであれ、公判での事実認定に、『不当に』作用する新聞報道などは許されないのである。また、逮捕され、起訴をされると世間の被告発者への非難は強くなるので、訴追が刑事制裁の限度を超えてあまりにも強烈なものとなり、それこそ迫害の機能を果たすことがないようにする配慮は、新聞も含めてすべての関係者に求められるものである。世間にとってそれほど公共性の高くない人物や行為について、実名で、面白半分に、その人の逮捕や被疑事実や公訴事実を報道するのを控える必要があるのも、いうまでもないことである。だが、これらの原則は無罪推定の原則とは一色も二色も違ったものである。」*8

  

 

 

■未決拘禁者の処遇について

上記の渥美先生のご指摘と同一直線上にある指摘として,刑事収容施設法31条に関する次のような検察官の指摘があります。

(未決拘禁者の処遇の原則)
第31条
未決拘禁者の処遇に当たっては、未決の者としての地位を考慮し、その逃走及び罪証の隠滅の防止並びにその防御権の尊重に特に留意しなければならない。

 

「この未決拘禁者の処遇の原則に関しては、未決拘禁者が無罪の推定を受ける地位にあることを考慮する旨を明記すべきとする見解がある。
 しかし、『無罪推定』とは、有罪とするための挙証責任を検察官が負うとする挙証責任に関する刑事証拠法上の法則(検察官が、合理的な疑いをいれない程度まで立証しなければ有罪とはされないということ)を意味するのであって、直接、刑事施設における未決拘禁者の処遇に関わるものではなく、これによっては、具体的な処遇上の配慮事項は何ら導かれない。加えて、未決拘禁者は、無罪の推定を受けるものであるとともに、捜査・裁判の対象であるという性格も有しているのであり、『無罪推定を受ける地位』というだけでは、その特質の一面だけしか言い表していないきらいがあるばかりか、未決拘禁者の権利が、社会で生活している一般市民と同様に、何ら制限されないかのような印象を与えかねないのであって、法規範として、未決拘禁者の処遇の原則に盛り込むには不適当な概念であると考えられる。」*9

 

 

 

■無罪推定の理念は民事事件にも妥当します

上記のように,「無罪推定」は,被疑者・被告人を,常にいかなる場合・場面でも通常人と同様に扱うことを要求する考え方ではありません(そのように考える場合,無罪推定の外延が不明確となり,却って,その本義が見失われてしまう危険性があると考えられます。)。

 

但し,当然ながら,これは,例えば,被疑者・被告人に対して,いかなる表現行為に及んでも良いということは意味しません。

被疑者・被告人についても名誉やプライバシー権等は保護されるのであって,それらを侵害すれば民事上の責任は発生し得ます。

 

また,無罪推定が保護する対象には様々なものがありますが,それが「法律上保護される利益」(民法709条)に当たることがあるという点については,異論はないものと考えられます。

 

そのため,民事事件でも,例えば,以下のように無罪推定が当事者から主張されたり,裁判所が考慮したすることがあります。

 

東京地判平成19年7月24日(平成18年(ワ)第18242号,2007WLJPCA07248009)

「この点,被告は,「D1氏」ことDや「無職のC1氏」ことCについて,多額の保険金がかけられ,それを原告らが山分けする計画を立てていたことは,平成14年10月1日,原告に対して下された原告を死刑に処する旨の刑事判決(略)の認定するところであり(略),主要部分において真実であると主張する。

 しかし,原告が本件雑誌発売より後の平成14年10月1日に,本件刑事判決を受けていること自体は認められ,一般に刑事事件における認定された事実が相当の根拠をもって認定されたということが推認されるとしても,被告も自認するように,原告は現在上告中であり,本件刑事判決は確定していないのであるから,今後原告に対する刑事手続の帰趨がどうなるかは別として,いわゆる無罪推定の原則の精神に鑑みれば,原告が本件刑事判決を受けていることのみをもって,摘示事実の内容を真実であるとまでは認めることはできないし,他に,本件証拠上,この点に関する摘示事実が真実であることを認めるに足りる証拠はない。」

 

東京地判平成30年11月16日(平成29年(ワ)第8779号,2018WLJPCA11168003)

「 また,本件一審判決(略)においては,原告がGの殺害につきCと共謀した疑いが相当強い旨の判示がされているものの,その結論においては,主としてCの供述の不自然さ等を理由として,当該共謀の事実を認めるに至らない旨が判示されている。Gの殺害への関与に関して,当該判示により,原告の社会的評価が既に低下していることを前提としても,当該殺害につき断定的に摘示する本件記載⑨ないし⑬は,原告の社会的評価を更に低下させる部分があると認めるほかないし,無罪推定の原則に照らし,当該社会的評価の低下が法的保護に値しないものとはいえない。」 

 

東京地判平成28年10月27日(平成27年(ワ)第17058号,2016WLJPCA10278003)

「また,原告は,原告のような一市民についてはそもそも逮捕の被疑事実を報道すること自体が対象者を『犯人視』するもので刑事裁判の原則である無罪推定の法理に反し不当であるとした上,本件報道は,支払を拒んだ原告の動機を報道していないこと,被害会社の社名などを掲載していないこと,原告の職業について『自称会社役員』と記載していること,インターネットに掲載されたものであることを指摘して,不当かつ偏頗な報道姿勢に基づくものである旨主張する。しかしながら,逮捕報道の社会的意義に照らし,その不法行為の成否は,プライバシーに属する情報を報道・公表されない法的利益とこれを報道・公表する理由との当該事案における具体的な比較衡量によって判断すべきことは前述したとおりであって,刑事裁判に関する法理を根拠にしておよそ被疑者段階での逮捕報道が対象者を『犯人視』するもので不当であって許されないということはできない。」

 

東京地判平成27年3月27日判例自治409号50頁(2015WLJPCA03278012)

「なお,原告は,本件行為に係る刑事手続が本件示談の成立により不起訴となっており,犯罪行為として確定していないのであるから,無罪推定の原則から,本件行為をもって原告に不利益に評価することはできないと主張していると思われる。しかし,懲戒処分は,公務員について,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,当該公務員についての職務上の義務違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体ないし地方公共団体の住民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するという趣旨・目的のために行われるものであって,懲戒処分と刑事処分とは性質が異なる別個の手続であり,その固有の趣旨・目的の下に行われるべきものである。そうすると,懲戒処分とは,懲戒処分の前提として,懲戒権者である被告において,非違行為が適正な手続をもって合理的根拠をもって認定されているのであれば,当該非違行為の存在を根拠に懲戒処分を科すことは何ら問題のないものであり,そこでは,刑事手続における無罪推定の原則は,何ら影響を与えるものではないと解すべきものである。」

 

大阪地判令和元年5月27日(平成29年(ワ)第11089号,2019WLJPCA05276002)

「現在の社会一般の受け取り方を基準とした場合,手錠等を施された被告人の姿は,罪人,有罪であるとの印象を与えるおそれがないとはいえないものであって,手錠等を施されること自体,通常人の感覚として極めて不名誉なものと感じることは,十分に理解されるところである。また,上記のような手錠等についての社会一般の受け取り方を基準とした場合,手錠等を施された姿を公衆の前にさらされた者は,自尊心を著しく傷つけられ,耐え難い屈辱感と精神的苦痛を受けることになることも想像に難くない。これらのことに加えて確定判決を経ていない被告人は無罪の推定を受ける地位にあることをにもかんがみると,個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し,個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法13条の趣旨に照らし,身柄拘束を受けている被告人は,上記のとおりみだりに容ぼうや姿態を撮影されない権利を有しているというにとどまらず,手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており,かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値するものと解することが相当である。」

 

 

 

■公式サイト

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*1:尚,本稿では特に引用しておりませんが,興味深い文献としてKarl-Friedrich Lenz「人権と刑事事件報道 ――ドイツにおける判例と学説――」判タ748号(1991年)49頁があります。

*2:有斐閣 法律用語辞典 第4版』(電子版)による「無罪の推定」の説明。

*3:有斐閣 法律学小辞典 第5版』(電子版)による「無罪の推定」の説明。

*4:平野龍一刑事訴訟法』(有斐閣法律学全集43,昭和33年)189-190頁。

*5:宇藤崇ほか著『刑事訴訟法』(有斐閣,第2版,2018年)18頁。

*6:この点に関する渥美先生の見解については,現在は有力な異論・反論があると考えられます。

*7:以上につき,前掲・渥美7-8頁。

*8:以上につき,前掲・渥美9頁。

*9:林眞琴ほか『逐条解説 刑事収容施設法』(有斐閣,第3版,2017年)95頁。