竟成法律事務所のブログ

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【民法・消費者法】コロナの関係で結婚式を中止した場合のキャンセル料支払義務の有無

■今回のテーマ

今回のテーマは,「コロナウィルスの関係で,2020年4月・5月に予定していた結婚式をキャンセルした場合,結婚式場に対して,キャンセル料を支払わなければならないか?」です。

 

 

 

■結論

  1. 緊急事態宣言が国によって発令されている地域などでは,キャンセル料の支払義務が①消滅する or ②支払を拒絶できること「も」あります。*1
  2. 緊急事態宣言が国によって発令されていない地域などの場合,キャンセル料の支払事態は義務づけられる「かも」しれませんが,場合によってはキャンセル料が減額になることもあります。

 

※ いずれの場合も,正確な判断をするためには契約書の内容や,結婚式キャンセルに至った経緯等を確認する必要があります。詳しくは弁護士にご相談ください。

 

 

 

■説明

ここから先は,少し専門的な話になります。

 

第1,結婚式典・披露宴を開催することが「不能」であったかどうかを考えます。

 

ここで言う「不能」とは,「別に結婚式場が爆破されたわけでも,結婚式場の従業員が全員いなくなったわけでもないから可能である! 不能ではない!」ということでなく*2*3社会通念上,不能となったか否かが問題になります*4

 

この点について,民法の研究者の先生方は,伝統的には次のように述べられます。

不能であるかどうかは,社会の取引観念に従って定められる。物理的不能に限られない。」,「社会の取引観念を標準とし,本来の給付内容を目的とする債権を存続させることが不適当と考えられる場合に不能となる」*5

 

「法律上債務の履行が不能であるということは、単に物理的に不能であるということではなくして、社会生活における経験法則または取引上の通念にしたがえば、債務者が履行を実現することについて、もはやその期待可能性(Zumutbarkeit)がないということである。法律上の不能の観念は、物理学上の不能の観念のように絶対的なものではなくして(絶対的不能)、社会観念によって相対的に定まるべきものである(相対的不能)。だから、たとえ物理的には可能であっても、例えば、大海中に落した時計を探すこと、富士山を崩して琵琶湖を埋立てることのように、社会観念上当然に不能と判断される場合はもちろん、履行のために不相当な労力・費用がかかる場合には、法律上は不能と考えられる。」*6

 

 

また,2020年4月1日から施行された改正民法412条の2には,履行不能に関する次のような定めがあります*7

履行不能)第412条の2

1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。

 

そして,同条について,京大の潮見佳男先生は次のように指摘されます。

「契約上の債権についてみれば,履行が不能か否かは,当該債権を発生させた契約の内容に即して――「契約の趣旨に照らして」――判断される。「契約その他の当該債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能」という表現は,履行請求権の限界が契約当事者の主観的意思にのみによって定めるのではなく,当該契約の性質,契約をした目的,契約締結に至る経緯その他の取引をとりまく客観的事情をも考慮して定まることがありうることを示すためのものである。」*8

 

そして,裁判所も,不能か否かという点については,基本的に上記の研究者の先生方と同様に考えています。

 

このような観点から考えて,結婚式典・披露宴開催債務を履行することが不能になった!」と言える場合は,次の「第2」に進んでください。

 

逆に,結婚式典・披露宴開催債務を履行することは「不能になっていない!」と言える場合は,後述の「第3」に進んでください。

 

 

 

第2,結婚式典・披露宴開催債務を履行することが「不能」となった原因が何であるかを考えます。

 

今回のテーマでは,とりあえず,この点を「コロナウィルスの関係で」と設定してあります。

 

例えば,コロナウィルスが深刻に蔓延し,緊急事態宣言が出され,①結婚式を開催したとしても大半の招待客が来てくれなさそうだった,②結婚式を開催することは招待客をコロナウィルス罹患,ひいては蔓延のリスク(生命・身体・健康という法益に対する危険)に曝すことになってしまうので,開催するわけにはいかなくなった,というような場合は,「不能」の原因はコロナウィルスです。

新郎新婦の責任でも,結婚式場の責任でもありません。

 

このように,「不能」が新郎新婦の責任でも,結婚式場の責任でもない場合,民法は,危険負担(民法536条)という法制度で処理することを想定しています*9

 

そして,危険負担によって処理されると,①代金支払債務が消滅する(旧民法適用の場合)か,②代金支払債務の履行を拒絶できる(改正民法の場合)*10*11ことになります。

 

要するに,「不能」になった原因が新郎新婦にも結婚式場にもない場合,原則として,キャンセル料を支払う必要はありません。

 

但し,こうした「不能」になった場合であっても,このような場合における実費支払等について契約書で特別の合意がしてあるときは,その合意によって処理されることになりますのでご注意ください。実際のトラブルに巻き込まれている方は,契約書を用意された上で*12弁護士や弁護士会に相談されることをお薦めいたします

 

民法

(債務者の危険負担等)第536条1項

前二項に規定する場合を除き,当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は反対給付を受ける権利を有しない。 

 

改正民法

(債務者の危険負担等)第536条1項

当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。

 

 

 

第3,結婚式典・披露宴開催債務を履行することは「可能」だったと言える場合にキャンセルをしたときは,キャンセル料の支払義務があります*13

 

どのような場合に「可能」と言えるかどうかはケースバイケースです。

 

非常事態宣言が出ていないというのは,「可能」を基礎づける要素の1つになるかもしれません。

ただ,不要不急な外出の自粛が強く求められている状況に鑑みますと,非常事態宣言発出の有無は,「可能」を基礎づけるものにはならないのではないか,と個人的には考えます。

 

但し,支払うべきキャンセル料の額は,当然に契約書に書かれている金額になるわけではありません一般の方は,この点を見落としがちなのでご注意ください消費者契約法9条1号との関係を考える必要があります。

 

結婚式場がキャンセル料として請求することができる金額は,「平均的な損害の額」に限定されます(消費者庁による逐条解説はこちらです。)。

 

この点については,別稿を御覧いただければ幸いです。

民法】宴会の予約をキャンセルしたらキャンセル料金を必ず支払わなければならない? - 竟成法律事務所のブログ
http://milight-partners-law.hatenablog.com/entry/2017/12/19/152758

 

 

 

■公式サイト

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*1:結婚式場との契約が,①2020年4月1日より前に締結されたものである場合は消滅し,②2020年4月1日以後の場合は支払拒絶できる,という「可能性」があります。2020年4月1日から改正民法が施行されたため,処理が異なります。但し,いずれの場合も契約書を確認しなければ確定的な判断はできません。

*2:実際にこのような主旨の説明をされた事業者の方がおられたそうですが,それは誤りです。

*3:また,東大名誉教授の内田貴先生も,改正債権法の文脈ではありますが,「客観的に見て物理的に不能ではないというだけの理由で,当事者がそこまで無理をすることなど想定していなかったような履行を強いるのは不合理というべきでしょう。」と指摘されます(内田貴『改正民法のはなし』(民事法務協会,2020年)6頁)。

*4:より正確に申しますと,帰責性の有無を考慮しない,いわゆる「事実としての履行不能」が問題になります。

*5:我妻栄『新訂 債権総論』(岩波書店,1964年)143-144頁。

*6:於保不二雄『債権総論』(有斐閣法律学全集20,昭和34年)95頁。

*7:余談ですが,今回の問題を,新郎新婦に対する損害賠償の問題として認識し,民法415条1項ただし書きにフォーカスした説明をされている弁護士の方もおられるようです。しかし,同法419条がありますので,少なくとも裁判所はそのような説明には立脚しないと考えられます。

*8:潮見佳男『プラクティス民法 債権総論』(信山社,第5版,2018年)70頁。

*9:改正民法の場合は,解除との制度間競合がありますが,一旦その話は省略します。

*10:「また、改正民法536条1項は改正前民法の当然消滅構成ではなく、反対給付について履行拒絶の抗弁権を債権者に与える構成となった。これにより、双務契約において一方の給付が減失・毀損した場合でも、反対債務は当然には消滅せず、相手方から反対債務の履行を求められた場合には、履行拒絶ができるのみとなる。もっとも、立案担当者の理解によれば、履行拒絶の抗弁権が発生することにより、反対債務については、永久的に、請求力、訴求力、執行力を失い、給付保持力のみとなり、いわゆる自然債務と同様になるという(第91回会議議事録25頁以下〔金洪周関係官発言〕)」渡邊拓「危険負担」潮見佳男ほか編『詳解改正民法』(商事法務,2018)177-178頁。

*11:危険負担について旧法が適用されるか改正法が適用されるかは,契約締結日で判断されます。改正法附則30条1項(施行日前に締結された契約に係る同時履行の抗弁及び危険負担については、なお従前の例による)。

*12:契約書の特定の条項だけを提示されるご相談者もいらっしゃいますが,契約内容を正確に判断するためには,契約書全体を確認する必要があります。そのため,相談されるのであれば,契約書を用意されるべきかと存じます。

*13:結婚式・披露宴に関する契約書にはキャンセルに関する条項が置かれていることが多いかと思います。条項がなかったとしても,一般的な債務不履行に基づく損害賠償請求の問題となります。