竟成法律事務所(旧 法律事務所ミライト・パートナーズ)のブログ

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何度も読み返す判決

■今回のテーマ

今回のテーマは,法律や判決の解説ではなく,判決の紹介です。

判決書の中に「当裁判所の付言」という異例の項目がある判決です。

 

いっぱんに,この判決は,大淀病院事件」判決として知られています。

大淀町大淀病院事件 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B7%80%E7%94%BA%E7%AB%8B%E5%A4%A7%E6%B7%80%E7%97%85%E9%99%A2%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

 

 

 

■判決文全文

裁判所のサイトから閲覧可能です。

大阪地判平成22年3月1日判タ1323号212頁。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=38718

「妊婦が分娩中に脳出血を発症して死亡したことにつき,被告病院医師がCT検査等を実施しなかった点に過失はなく,死亡との因果関係も認められないとして,損害賠償請求が棄却された事例(大淀病院事件)」

 

 

 

 

■判決文引用

※ 太字は引用者によります。

7 当裁判所の付言
 以上のとおりであるが,本件は18件もの病院に受入れを拒否されたとして大きく報道された事件である。原告Aや家族らは,Cについて,午前1時37分ころのけいれん発作により転送が決められてから実際に救急車が被告病院を出た午前4時49分までの間,意識を喪失したまま脳に異常が生じているにもかかわらず,脳に対する検査や治療がされることなく搬送先が決まるのをひたすら待っていた。もっと早期に搬送されていれば救命されたのではないかという原告Aらの気持ちは十二分に理解できる。1分でも1秒でも早く治療をしてもらいたいのに,何もすることなく,3時間待たされ続けたわけである。その待っていた時間がいかに長いものであっただろうか――。

 本件以後においても,同じ奈良県で平成19年8月に切迫流産の妊婦が搬入先が決まらずに流産したケースや,平成20年10月に東京都内において脳出血の疑いがあるため手術可能な病院に転送しようとしてなかなか決まらずに妊婦が死亡したケースなどが報道されている。」

 

 

「最後に,当裁判所として,産科を始めとする救急医療について付言しておきたい。
 消防庁が平成21年3月に発表した「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」(乙B39)によると,平成20年期救急搬送の受入状況は,次のとおりである。
 産科・周産期傷病者搬送事案は,全国で4万0542人であり,このうち搬送依頼の照会回数が4回以上のもの749件(全体の4.6%),6回以上のもの265件(同1.6%),11回以上のもの47件(同0.3%)であり,最大照会回数は26回であった。現場滞在時間区分では,搬送先が決まらずに救急車等が現場に30分以上滞在したもの1029件(全体の6.3%),45分以上のもの311件(同1.9%),60分以上のもの113件(同0.7%)となっている。産科・周産期傷病者搬送事案に限定せずに,重症以上傷病者搬送事案についてみると,搬送者は全国で41万2836人であり,照会回数が4回以上のもの1万4732件(全体の3.6%),6回以上のもの5138件(同1.3%),11回以上のもの903件(同0.2%)であり,最大照会件数は49回であった。現場滞在時間区分では,現場滞在時間が30分以上のもの1万6980件(全体の4.1%),45分以上のもの4440件(同1.1%),60分以上のもの1663件(同0.4%)である。こうした選定困難事案の割合が高いのは,首都圏や近畿圏等の大都市に集中しており,近畿圏内では,大阪府兵庫県奈良県が該当する。
 1分でも1秒でも早く病院に搬送され,早期に必要な措置を受ける必要がある重症患者について,現場滞在時間が30分以上というのが1万6980件(4.1%)もあってよいものであろうか。これでは「救急医療」とは名ばかりである。
 もちろん,本件のように,たまたま各病院とも満床等により受け入れることができないというのは珍しいことであろうし,救急医療体制を充実させても,患者が来ないために空きベッドが多く,経済的な観点から相当でないという背景があるのかもしれない。しかし,人の命は最も基本的な根源をなす保護の対象であり,それを守ることは国や地方公共団体に課された義務であって,経済的効率性の観点から判断してよいものとは思われない。人の命の大切さをもう一度考えることが必要である。
 本件が生じたことを受けて,国立循環器病センターのJ医師らは,妊娠に合併した脳卒中などの成人一般救急疾患の診療体制について調査を実施し公表している(平成19年3月,乙B25の4)。その報告は,救急に対応するために周産期母子医療センターは妊産婦や新生児の「最後のとりで」とされているが,全国にある41の総合周産期母子医療センター(大学附属病院を除く)のうち,約4分の1で,成人一般救急疾患の診療体制が不十分であり,未熟児・新生児医療を主眼に発展してきたわが国の周産期医療のピットホールと呼ぶべき現象であり,近隣の大学や救命救急センターなどとのネットワークを考慮した周産期医療の再構築の必要性を述べている。また,大野泰正妊娠高血圧症候群から子癇発症に至る機序解明と診断管理法確立へのアプローチ」(日本産科婦人科学会雑誌60巻9号,平20)は,妊婦に対する救命措置を最優先し,可能な状況であれば緊急CTによる脳出血の除外診断を行うこと,脳出血を認めた場合は即座に脳外科対応可能な高次施設へ搬送すること,日頃より搬送先の高次医療施設の受入状況を把握しておくことを強調している。さらに,最近,傷病者の症状等に応じた搬送及び受入れの円滑化を図るため消防法の一部改正がされたほか,厚生労働省から平成21年3月に「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する報告書~周産期救急医療における「安心」と「安全」の確保に向けて~」が発表され,母体搬送体制の整備等の必要性が述べられている。このように本件が発生したことも理由の一つとして,産科の救急体制の整備が進められている。
 しかし,他方において,現在,救急患者の増加にもかかわらず,救急医療を提供する体制は,病院の廃院,診療科の閉鎖,勤務医の不足や過重労働などにより極めて不十分な状況にあるともいわれている。医療機関側にあっては,救急医療は医療訴訟のリスクが高く,病院経営上の医療収益面からみてもメリットはない等の状況がこれに拍車をかけているようであり,救急医療は崩壊の危機にあると評されている。
 社会の最も基本的なセイフティネットである救急医療の整備・確保は,国や地方自治体の最も基本的な責務であると信じる。重症患者をいつまでも受入医療機関が決まらずに放置するのではなく,とにかくどこかの医療機関が引受けるような体制作りがぜひ必要である。救急医療や周産期医療の再生を強く期待したい。」

 

 本件で忘れてはならない問題がもう一つある。いわゆる1人医長の問題である。被告病院には常勤の産科医は被告D医師のみであり,出産時の緊急事態には被告D医師のみが対処していた。1人医長の施設では連日当直を強いられるという過重労働が指摘されている。本件で,被告D医師は夜を徹して転送の手続を行い,救急車に同乗して国立循環器病センターまで行った後,すぐに被告病院に戻り,午前中の診察にあたっている。平成20年に日本産科婦人科学会が実施した調査では,当直体制をとっている産婦人科の勤務医は月間平均で295時間在院している。こうした医療体制をそのままにすることは,勤務医の立場からはもちろんのこと,過労な状態になった医師が提供する医療を受けることになる患者の立場からしても許されないことである。近時,このような状況改善の目的もあって,医師数が増加されることになったが,新たな医学生が臨床現場で活躍するまでにはまだ相当な年月を要するところであり,それまでにも必要な措置を講じる必要があるものと思う。
 近年女性の結婚年齢や出産年齢が上がり,相対的に出産の危険性が高まることになる。より安心して出産できる社会が実現するような体制作りが求められている。」

 

 愛妻を失った原告Aの悲しみはどこまでも深い。Cは我が子を抱くことも見ることもなくこの世を去った。原告Bは生まれた時から母親がいない悲しみを背負っている。Cの死を無駄にしないためにも,産科等の救急医療体制が充実し,1人でも多くの人の命が助けられることを切に望む。

大阪地方裁判所第17民事部

裁判長裁判官 大島眞一

裁判官 和田三貴子

裁判官 青野初恵」