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法律事務所ミライト・パートナーズのブログ

大阪市北区梅田1‐1‐3 大阪駅前第3ビル31階にある金融法や民事事件を重点的に取り扱う法律事務所です(TEL 06-6341-0135)

能年玲奈さんの改名と公序良俗(民法90条)違反について

■今回のテーマ

平成28年7月20日,以下のような記事に接しました。

能年玲奈から改名した「のん」 レプロから名前めぐり警告書か - ライブドアニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/11786406/

「6月末で契約が満了する能年に対し、レプロは6月下旬、昨年4月から能年との話し合いが進まず、仕事を入れられなかったとして、その15カ月分の契約延長を求める文書を送付。」

 

「その際、契約が終了しても、『能年玲奈』を芸名として使用する場合には、レプロの許可が必要と“警告”していた。」

 

「ただ、『契約終了後に本名であっても許可なしでは名乗れないというのは、公序良俗違反で契約条項は無効になるでしょう』(千葉貴仁弁護士)との指摘もあり、今回の改名を巡る経緯は論議を呼びそうだ。」

 

上記引用部分にもあるように,弁護士の千葉先生は,芸名としての「能年玲奈」 の使用を禁止する契約は公序良俗違反で無効である,と説明されているようです。

 

ところで,この「公序良俗」とは何でしょうか?

また,芸名としての「能年玲奈」の使用を禁止する契約は無効になるのでしょうか?

 

そこで,今回は,これらの問題を検討する前提となる公序良俗民法90条)について,基礎的な内容を説明したいと思います。

 

ちなみに,本稿では,上記記事に関連して公序良俗を取り上げていますが,今回の事例を公序良俗で処理することが最も適切,という訳ではありません(千葉先生が公序良俗を取り上げられた理由は定かではありません。)。

むしろ,実務上,裁判所が事案を処理する際に民法90条を使用することはあまり多くはありません。信義則(民法1条2項)や権利濫用 (民法1条3項)で処理されることの方が多いと考えられます。

 

とはいえ,公序良俗については,説明記事も豊富とは言いがたい状況ですので,以下では公序良俗について説明したいと思います。

 

 

 

■そもそも「公序良俗 」って何?

今回,問題になった公序良俗については,民法90条が定めています。

公序良俗
民法第90条
公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

 

そして,民法の大家である我妻栄先生は次のように述べられます。

 「『公ノ秩序』とは,国家社会の一般的利益を指し,『善良ノ風俗』とは,社会の一般的道徳観念を指す。」*1

 

「現在においては,すべての法律関係は,公序良俗によって支配されるべきであり,公序良俗は,法律の全体系を支配する理念と考えられる。すなわち,権利の行使と義務の履行が信義誠実の原則に従うべしというのも(略),自力救済の限界が定められるのも(略),法律行為の解釈について条理が作用するのも(略),結局においては,公の秩序・善良の風俗という理念の具体的な適用に他ならない。」*2

 

このように,公序良俗を定めた民法90条は「非常に重要な規定」*3とされています。

 

そして,現在の判例・学説では公序良俗とは「社会的妥当性」を意味すると考えられています*4

「社会的妥当性とは余りわかりやすい表現ではないが,要するに,契約の効力を認めることが社会的に見て余りに妥当性を欠くときは,無効にしようということである。」*5 

 

 

 

公序良俗違反の類型化

しかし,「社会的妥当性」と言われても,結局,どのような場合に公序良俗違反が認められるのか,これだけではさっぱり分かりません(笑)。

 

そのため,従来の学説は,公序良俗違反が認められた事案を類型化していました*6京大の佐久間毅先生は次のように説明されます。

「すなわち,90条の適用により処理された相当多数にのぼる裁判例から,公序良俗違反により法律行為が無効とされるいくつかの類型を析出し,その後の判断の参考に供するというものであった。」

「もっとも,どのような類型に分けるのが適当かについて,一致があるわけではない。」*7

 

佐久間毅先生が指摘されるように,類型方法は色々あります。

 

この点について,例えば,公序良俗論をご専門の1つとされる京大の山本敬三先生は,従来の学説の分類を次のように整理されます*8

  1. 人倫に反するもの。
    ――例えば,愛人契約。
  2. 正義の観念に反するもの。
    ――例えば,談合契約。
  3. 暴利行為。
    ――例えば,過大な賠償額の予定。
  4. 個人の自由を極度に制限するもの。
    ――例えば,人身売買。
  5. 営業の自由の制限。
    ――例えば,無制限の競業禁止特約。
  6. 生存の基礎たる財産の処分。
    ――例えば,部落民の生存を支える灌漑用水を放棄する契約。
  7. いちじるしく射倖的なもの。
    ――例えば,賭博に関する契約。

 

 

 

■ 類型化に対する批判

従来の学説による分類例は,前記のとおりです。

 

しかし,これだけでは,実際の事例が公序良俗違反になるのかどうか分からないと思います。

例えば,今回の能年玲奈さんの事例は,前記の類型で処理可能でしょうか?

 

そのため,山本敬三先生は,類型化を次のように批判されます。

「しかし,こうした分類をみても,いかにも雑然としたものが脈絡なく羅列されているという印象をぬぐえない。ここでいったい何がどう問題となっているのか。それを明らかにする基本的な枠組みがなければ,具体的な場面で何がどうして公序良俗に反するのかを示せないだろう。」*9

 

 

 

公序良俗論の再構成

ここから先は,少し専門的な話になります。

 

山本敬三先生は,契約を締結する自由などの「契約自由の原則*10が,究極的には憲法13条(幸福追求権)という基本権に根拠を持つことに着眼します。

憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

つまり,近代国家では,どのような契約を,誰と,どのような方式で結ぶか,ということについては,原則として,個人が自由に決定することができます。これは究極的には憲法13条によって保障されています。

 

公序良俗違反を認める(=契約を無効にする)ということは,個人が自由に決定することができるはずの契約について,国家権力が強制的にそれを否定するということです。

言い換えれば,公序良俗違反を認定するということは,憲法13条を侵害する危険性を有しています。

 

そのため,公序良俗をどのようなものと考えるか(公序良俗違反をどのようなものと考えるか)に際しては,契約自由に対して不当な介入とならないように解釈することが要請されます。

 

そして,私的自治・契約自由に対する介入を正当化する根拠としては,以下の2つの事由が考えられています。

 

  1. 基本権を保護する必要性
    「国家は,個人の基本権を他人による侵害から保護する義務を負う。この保護義務を果たすためには,加害者側の基本権を制約することも正当化される。」
  2. 基本権を支援する必要性
    「個人の基本権が侵害されていなくても,その基本権がよりよく実現されるよう,さまざまな措置を講ずることも,国家の義務に属する。ただ,誰の基本権をどの程度支援するかについては,政策的な取捨選択が不可欠である。この選択は,立法者が民主的に決定するのが原則であり,裁判所が勝手に政策決定することは許されない。裁判所ができるのは,原則として,法令を手がかりとしながら,それによって採用された政策をよりよく実現するよう助力することにとどまる。」*11*12

 

山本敬三先生は,こうした介入の正当化根拠に応じて,公序良俗を,①法令型公序良俗と,②裁判型公序良俗に大別します。その上で実際の問題を解決しようとされます。

 

 

 

能年玲奈さんの場合

当たり前ですが,今回の能年玲奈さんの事例を直接的な対象とした法令はありません。例えば,「本名保護法」のような法律はありません(笑)。

 

そのため,仮に山本敬三先生のご見解に立脚した場合,かつ,民法90条というフィールドで本件を検討する場合,本件は,裁判型公序良俗として処理されることになります。

 

すなわち,今回の契約によって,

  1. 能年玲奈さんの基本権(憲法22条職業選択の自由パブリシティ権*13が問題になると考えられます。)が侵害されているのか
  2. その程度はどれくらいなのか(特に「能年玲奈」という本名を芸名として使用することがどの程度の重要性を持つのか)
  3. 無許可芸名使用禁止が無効されることによって元事務所の基本権や,事務所に帰属するパブリシティ価値は侵害されないか

……などを考慮して結論を出すことになります。

 

 

 

 

この点については,実際の契約の内容や,このような契約を締結するに至った経緯等を検討しなければ結論は出しがたい状況です。

 

……中途半端なところで,終了して恐縮です(笑)。

 

 

 

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*1:我妻栄『新訂 民法総則』(岩波書店,昭和40年)271頁。但し,同頁で我妻先生は,「公の秩序と善良の風俗とは,その範囲が大部分において一致するのみならず,理論上も明瞭に区別することはできない。」とされており,現在の判例・学説も同様に考えています。

*2:前掲・我妻270頁。

*3:内田貴民法1』(東京大学出版会,第4版,2012年)281頁。

*4:前掲・内田181頁,佐久間毅『民法の基礎1 総則』(有斐閣,第3版,2009年補訂)194頁

*5:前掲・内田181頁 

*6:「我妻類型」と呼ばれることもあります。例えば,織田博子「戦前判例における公序良俗」椿寿夫=伊藤進編『公序良俗違反の研究 ――民法における総合的検討』(日本評論社,1995年)52頁以下。

*7:以上につき,前掲・佐久間195頁。

*8:山本敬三『民法講義1』(有斐閣,第2版,2005年)240頁。詳細な研究としては,山本敬三『公序良俗論の再構成』(有斐閣,2000年)もあります。

*9:前掲・山本241頁。

*10:簡単に言えば,契約は当事者が自由に行うことができるという原則をいいます。

*11:以上につき,前掲・山本242頁。

*12:尚,山本敬三先生のご見解を簡潔明瞭にまとめたものとして,前掲・佐久間200頁があります。

*13:パブリシティ権とは「プライバシー権から分化して発展した米国発祥の権利概念であり,氏名,肖像等が有する顧客吸引力を排他的に利用する権利」をいいます。最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁(いわゆる「ピンク・レディー事件」)に関する判タ1367号98頁の匿名解説。