竟成法律事務所のブログ

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クレーマーっぽいお客様との会話を無断で録音しても大丈夫ですか?

■今回のテーマ

「クレーマーっぽいお客様(or クレーマー)との会話を,お客様に断りをいれることなく録音しても,大丈夫ですか? プライバシー権侵害とかで訴えられることはありませんか?」というご質問をたまに受けることがあります。

というわけで,今回のテーマは「お客様との会話を無断録音(秘密録音)した場合のプライバシー権侵害と証拠能力」です。

 

 

■結論

お客様との会話を無断録音(秘密録音)しても,「通常」は,プライバシー権侵害にはなりませんし,その録音の証拠能力も否定されません。

 

 

■説明

この問題については,参考になる判例や裁判例があります。

 

まず,刑事事件ではありますが,「同意を得ることなく会話を秘密録音することはプライバシー権侵害になるか」,「秘密録音テープの証拠能力は認められるか」が問題になった事件があります。

この事件において,最高裁判所は,次のように述べて,プライバシー権侵害を否定し,録音テープの証拠能力を認めました。

なお、所論にかんがみ、職権で判断すると、本件で証拠として取り調べられた録音テープは、被告人から詐欺の被害を受けたと考えた者が、被告人の説明内容に不審を抱き、後日の証拠とするため、被告人との会話を録音したものであるところ、このような場合に、一方の当事者が相手方との会話を録音することは、たとえそれが相手方の同意を得ないで行われたものであっても、違法ではなく、右録音テープの証拠能力を争う所論は、理由がない。*1

 

 

次に,民事事件においても,東京高裁が,秘密録音(無断録音)の証拠能力について,次のように述べています。民事事件に関する現在の実務は,基本的にこの東京高裁の考え方に従っているといっても過言ではありません。

民事訴訟法は,いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく,当事者が挙証の用に供する証拠は,一般的に証拠価値はともかく,その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが,その証拠が,著しく反社会的な手段を用いて,人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは,それ自体違法の評価を受け,その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。そして話者の同意なくしてなされた録音テープは,通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから,その証拠能力の適否の判定に当っては,その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当であり,これを本件についてみるに,右録音は,酒席におけるAらの発言供述を,単に同人ら不知の間に録取したものであるにとどまり,いまだ同人らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできないから,右録音テープは,証拠能力を有するものと認めるべきである。」*2

 

したがいまして,クレーマーの疑いの得るお客様(あるいは端的にクレーマー)の会話を,お客様 or クレーマーの同意を得ることなく,録音したとしても,著しく反社会的な方法で録音したなどの事情がない限り,プライバシー権侵害などの問題は生じません。

また,その録音データを後日,裁判の証拠に用いることもできます。

 

 

ところで,この問題については,

「会話の内容が相手に記憶されることは容認しているが,録音されることまでは容認していない!」

という主張がされることがあります。

この点については,上掲の最高裁決定を担当された稗田雅洋調査官の的確なご指摘がありますので,ご紹介します。このご指摘は刑事・民事を問わず妥当すると考えられます。

「確かに,会話の相手方が聴いて記憶にとどめるのと録音するのでは,プライバシー侵害の脅威の程度や自由な表現を制約する程度が異なるのは否定しがたい。」

「しかし,秘密に録音された結果が悪用されたり対外的に流出した場合には,具体的なプライバシー侵害といえるであろうが,対話の当事者が私的に録音し保持している限りにおいては,プライバシー侵害は未だ潜在的なもの,表現の自由に対する制約も抽象的なものであって,具体的な権利侵害として違法とまではいえないように思われる。」*3

 

 

尚,以上の問題は,あくまで,会話の一方当事者が,他方当事者の話を秘密録音(無断録音)したという場面を前提にしています。また,両当事者が一般人であることも前提にしています。

ですから,会話の当事者ではない第三者が両当事者の承諾を得ずに会話を秘密録音(無断録音)した場面や,捜査官が一般人の会話を秘密録音(無断録音)した場面では,当然に上掲のように考えられるわけではありません

 

 

 

■追記

ご参考までに,幾つかの下級審裁判例をご紹介いたします(太字部分は引用者によります。)。

本稿では,お客様との会話を無断録音した場合,というテーマで説明を致しましたが,実務では,常にいかなる場合でも録音が許されている訳ではありませんので,ご注意ください。

 

東京高判令和元年11月28日裁判所ウェブサイト

「これに対し,一審原告は,業務改善指導書等を交付されるなどして一審被告から不当な攻撃を受けたことから,自己の権利を守るために録音したとか,本件組合に伝えるために録音したとか,証拠として録音し,必要なものを除き,その都度消去し,目的外使用しなかったなどと弁解するが,組合に伝達するためであれば,メモ書でも足り,録音の必要性はなく,ボイスレコーダーを用いて執務室内の会話を録音していたのは,業務改善指導書の交付を受ける前の育児休業から復職した直後からであり,自己の権利を守るといいながら,結局,一審被告関係者らの発言を秘密裏に録音し,そのデータをマスコミ関係者らに手渡していたのであるから,録音を正当化するような事情はない。また証拠として録音したともいうが,本件では,一審原告は,一審被告に対し,正社員として再契約を締結することを求めているところ,それは就業環境というよりも交渉の問題であって,執務室内における言動とは直接関係はなく,仮に何らかの関連がなくはないとしても,執務室内における会話を録音することが証拠の保全として不可欠であるとまではいえず,結局,自己にとって有利な会話があればそれを交渉材料とするために収集しようとしていたにすぎないものである。」

 

東京高判平成22年12月8日東高刑時報61巻317頁

「所論は,通信傍受法の対象外の事件について,何ら法的規制の及ばない手段で情報収集をすることが許容されるのであれば,まさに,「潜脱」以外の何ものでもない,等と主張するから,任意捜査としての適法性を争う趣旨に帰するものといえる。
 そこで検討すると,①捜査官は,上記「(1)ア」記載の賃借権に基づいて6階ベランダに立ち入っているから,そのこと自体に違法視すべき点はない。②Aは,マンション室内ではなく室外のベランダで発話している上,捜査官は,6階ベランダにいて,階下の5階ベランダから聞こえてくるAの発話を録音できているから,Aは,それなりに大きな声を出していたといえ,会話の秘密性を保護する態様といえる,電話通話者同士でしか聞こえないようなヒソヒソ話といった通話をしていたわけではないから,プライバシー保護の要請は低いものといえる。
 そうすると,本件録音は,被録音者の同意を得ていない秘密録音ではあるものの,いまだ任意捜査の範囲を逸脱したものとはいえず,刑事訴訟法上も違法ではない。
 また,後に指摘したところによれば,Aは,本件録音がされたことについて,事後的にせよ同意したものと解されるから,本件録音の適法性がより裏付けられているといえる。」

 

東京地判平成21年1月13日WestLaw

「そして,原告との会話の秘密録音は,原告の主張によっても,事務職員に対し修了認定及び成績発表の予定を尋ねた際の会話を,会話の相手方たる被告法科大学院の事務職員が録音したというにとどまること,現に録音された原告の発言内容についても一般人にとって特に公開を欲しないような内容を含むものであったことを認めるに足りる証拠はないこと,原告との会話を収録したテープは捜査機関に提供されたにとどまることをも考慮すると,原告との会話の秘密録音が社会生活上の受忍限度を超える違法なものであったとまでは認め難い。」

 

 

 

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*1:最決平成12年7月12日刑集54巻6号513頁。太字は引用者によります。余談ですが,同決定の調査官解説(稗田雅洋調査官)は,多くの情報を簡潔にまとめておられるだけでなく,鋭い考察を展開しており,この問題を考えるに際しては必読の文献と言えます。

*2:東京高判昭和52年7月15日判タ362号241頁。太字は引用者によります。

*3:稗田雅洋「相手方の同意を得ないで相手方との会話を録音したテープの証拠能力が認められた事例」『最高裁判所判例解説 刑事篇 平成12年度』(法曹会,2003年)169頁。